蝉フィクション

宝くじ1億円当てた男、砂吹(偽名)。彼に誘われた見ず知らずの4人の共同生活 in London. リアルタイム小説&ガイドブックの折衷案。

 Short Film 7「青の洞窟 大御所カメラマンよりも、彼氏が君を可愛く撮れるわけ」

 

 

「撮るべきはそこじゃねえんだよ。お前はいつも、一番大事なものを見落としてる」

 

先日、テストシュートを見せた時に師匠に言われた言葉だ。

ファッションや広告業界で活躍する師匠のアシスタントについて、3年の月日が流れていた。

 

大御所カメラマン、といっても決して言い過ぎではないだろう。

最近は老眼が進んでいるらしく、レタッチなども任せられるようになっていた。

 

重い機材を持って連日撮影についてまわる。ギャラは出ない。なので夜はアルバイトをして食い繫ぐ。更に少ない時間で、自分の作品も作らなくてはいけなかった。

独立のドの字も見えない日々が続いていた。

 

 

 

 

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 Short Film 7

「青の洞窟  どんなカメラマンよりも、彼氏が君を可愛く撮れるわけ」 

 

 

 

 

人生において、相反する2つのものは手に入らないのではないかと思えてくる。

 

お金と時間。

恋人と仕事。

量と質。

 

なにもかも、あれもこれも、今持っているものをすべて放棄したら、きっと時間は手に入る。

しかしその代わりに、言いようのない不安が募ってゆくのだろう。

 

今、異常な忙しさだからこそ、感じずに済んでいる悩みがきっとある。

だから僕は、今の生活を続けるしかない。

 

 

 

  

師匠が、欧米でもアジアでもいいから、外国人モデルをたくさん撮れ、と言った。今回僕はベトナム人の子にモデルをお願いした。

 

打ち合わせの時から、よく喋る女の子だった。

 

日本語が上手で、イントネーションだけはやっぱり少し変なのだけれど、とても明るい子だった。

 

青の洞窟という、渋谷のイルミネーションスポットに撮影場所を決めた。

 

 

 

  

待ち合わせの代々木駅。

おはよう、宜しくね、と言って、僕らは渋谷へと向かった。

今日はとても口数が少なく、電車の中で「元気ないね」と言うと

「そんなことないです」と、とても小さな声が返ってきた。

 

 

 

 

電車を降りると彼女は、とてつもない勢いで話し始めた。

 

「どうしてさっきは静かだったの?」と訊くと

 

「恥ずかしいから」と彼女は言った。

 

いったい何が恥ずかしいのだろうかと、勝手に想像を巡らせる。

 

 

 

 

先日、撮影のあとに出版社の人たちと飲みに行ったとき。

 

初めて会ったそのビジネス雑誌の副編集長は、早い時間から酔いが回っていた。

 

「そういえば、ライターのアイツ、タイ人の女と結婚したんだってな。どこで出会ったんだか。まあ、アイツの顔じゃあ日本人は無理そうだからな、良かったんじゃねえの」

 

歯に衣着せぬ物言いは、酒のせいかもしれない。顔も知らないそのライターさんの話を、僕は一緒に笑いながら聞くしかなかった。

 

 

 

 

「その女、日本語もろくに話せないらしいぞ。大丈夫なのか、そんなんで」

 

一人、高笑いしている。周りは、そうですねえと曖昧な相槌を打つ。

 

正しい英語じゃなければ、話すのが恥ずかしいと考える日本人。

 

別にそれならそれで構わない。

かといって、日本語を正しく話せない外国人を、笑う権利があるかといえば、そうではない。

 

 

 

 

この子は、公衆の場で話すことに抵抗があるのかもしれない。

 

嫌な思い出でも、あるのかもしれない。

  

 

 

 

ちょうどイルミネーションの点灯の時間に間に合った。

 

一斉に灯される青の光に、待ち侘びていた人々は声をあげた。

 

「きれいね」とその子も呟いた。

 

そうだねと言ったものの、僕は撮影の段取りのことで頭がいっぱいだった。

 

 

 

 

今日の撮影は難しかった。

夜景とモデル。どちらか一つしか、綺麗に写らないのだ。

青の光をきれいに撮ろうとすると、モデルの顔は暗く沈んでしまう。

モデルの顔を明るくすると、イルミネーションはたちまち真っ白になってしまう。

 

ここでもまた、2つに1つを強いられる。

 

 

 

 

どうにかセッティングを終えて撮影を始めたが、今度は彼女が「うまく笑えない」と言い始めた。

 

無理して笑わなくていいよ、とは言ったが、内心は焦っていた。

 

笑顔のカットも欲しかったからだ。

 

 

 

 

彼女はプロのモデルではないから、笑顔の強要などすることはできない。

 

かといって無理に笑わせようとすればするほど、冷たい空気が更に張りつめていくようだった。

 

 

 

 

どうにか撮影を終えた僕らは、彼女の提案で少し散歩をすることにした。

 

この時も僕は、撮れ高のことばかり考えていた。

 

そろそろ帰ろうか、と声をかける。

 

イルミネーションに背を向けて、駅に向かう道で信号待ちをしていた。 

 

 

 

 

信号が青になって、人々の集団が動き始めた時

「ちょっと待って」と言って彼女は立ち止まり、振り返った。

 

どうしたのかなと思い、彼女の顔をうかがう。

 

風でなびく髪が頬にかかり、横顔が青白く照らされていた。

 

深呼吸をすることで風景を体に取り入れていれることができるかのように、彼女は姿勢を正した。

そして、拙い日本語で「目にコピーしました」と言って、彼女は笑った。

 

 

 

 

「撮るべきとこはそこだろうがよ!」という師匠の怒鳴り声が聞こえるようだった。

 

こんな瞬間を撮らなきゃいけないとしたら、僕は……。

 

 

 

 

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決して良い写真がなかったわけではない。

 

ただ僕は、結局セレクトをすることができなかった。

 

無理もない。

 

今もあの時の笑顔が、僕の目にコピーされている。

 

 

 

 

 

 

青の洞窟 

11/22から12/31まで

shibuya-aonodokutsu.jp

 

 

 

 

 

 

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