蝉フィクション

宝くじ1億円当てた男、砂吹(偽名)。彼に誘われた見ず知らずの4人の共同生活 in London. リアルタイム小説&ガイドブックの折衷案。

Short Film 5「月が綺麗ですね、に込められた本当の意味」

 

 

「それ、意味わかってて言ってます?」

 

12月に入ったばかりの土曜日の夜だった。

僕たちは寒空の下、彼女の家へと続く川沿いの道を歩いていた。

 

意味なんて、そのままではないか。思ったことを言っただけだった。

「それくらい、わかってますよ」僕は怪訝に答える。

「なら私は今、死んでもいいです」

 

……いったい、なに言ってんだ?

僕は、うつむいて歩く彼女の横顔をだまって見つめていた。

 

 

 

 

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Short Film 5

「月が綺麗ですね、に込められた本当の意味」

 

 

 

 

同い年だからといって、初対面の人といきなりタメ語で話すのが苦手だった僕たちは、長い間、互いに敬語を使っていた。いきなり人と間をつめるようで、なんとなく恐かったのだ。

 

それが功を奏したのかはわからないが、少なからず僕は、気が合うかもしれないと感じ始めていた。だが、それからもしばらくの間は、友達として二人でよく遊んだ。

 

世の中では、敬語なんて堅いだとか、3回遊んで付き合わなきゃ脈ナシだ、なんてルールがあるようだが、僕らには僕らのペースがあった。

 

夏休みのラジオ体操のスタンプがゆっくりとたまっていくようなもどかしさを、僕らはどこか楽しんでいたんだと思う。

 

 

 

 

いつのまにか付き合っていた、という印象は僕の中でだけのものだった。付き合い始めた記念日はたしかにあった。

 

12月1日の土曜日。月が綺麗に出ていたあの日だ。

 

「月が綺麗ですね」という言葉には、「あなたのことが好きです」という意味があることを知ったのは、その年が明けてからのことだった。

 

同じサークルの先輩が教えてくれた。「それ、おまえ告白してるよ、知らない間に」

 

 

 

 

その昔、夏目漱石が英語の教師をしていた時のこと。

ある生徒が、「I love you」を「我、君を愛す」と訳したらしい。

 

すると漱石はこう教えたという。「日本人はそんな直接的な言い方を好みません。月が綺麗ですね。それで気持ちは、十分に伝わります」

 

これと対を成して使われるようになったのが、「死んでもいいわ」という返答だ。

 

明治の小説家、二葉亭四迷が海外文学を翻訳した際、「私はあなたのものよ」という台詞を「死んでもいいわ」と日本人のために意訳した。

 

 

 

 

それから、「月が綺麗ですね」というフレーズは思いを打ち明けるための言葉として使われ、了承する際は「死んでもいいわ」と返すようになった。

 

しかし、文学に明るくない者は知らないことも多い。よって、しばしば誤解を生むのも事実だった。

 

「意味、わかってるの?」という彼女の言葉には、その真意を知っているのかということだった。

 

当然僕はその意味を知らず、ただ月が綺麗なことに変わりはなかったから、奮然と首を縦にふったわけだ。幸か不幸か、いやもちろん幸なのだが、僕たちは長いお友達期間を経て、付き合うことになった。

 

 

 

 

僕にとっては、いつのまにか。

彼女にとっては、月が綺麗だったあの日から。

 

あれから5年も経つとは思えなかった。

僕らは今年、その記念日に籍を入れることにした。

 

 

 

 

そんな風に付き合い始めたことは、友達には言っていない。

 

唯一、妹だけには話した。妹は作家になりたいくらいの文学少女だったので、そのフレーズを知っているか確かめたのだ。

 

バカにされるかと思ったが、素敵じゃないと妹は喜んだ。

 

本当の意味を知っていて言ったのなら気持ち悪いけどね、とも。

 

 

 

 

妹は今、ロンドンで執筆活動をしている。

入籍を知らせると、彼女はとても喜んでくれた。

そして11月末のある日、家に月が届いた。

アクセサリーの類いではない。文字通り、月の土地の権利書が届いたのだ。

 

 

 

 

そう、月は買えるらしいのだ。

 

月の土地を販売しているのは、アメリカ人のデニス・ホープ氏。 現アメリカルナエンバシー社のCEO


彼はある日、「月は誰のものか?」という疑問を持ち、法律を徹底的に調べた。すると、世界に宇宙に関する法律は1967年に発効した宇宙条約しかないことがわかった。


この宇宙条約では、国家が所有することを禁止しているが、個人が所有してはならないということは言及されていなかったのだ。


この盲点を突いて合法的に月を販売しようと考えた彼は、1980年にサンフランシスコの行政機関に出頭し所有権の申し立てを行ったところ、正式にこの申し立ては受理される。

 

 

 


これを受けて同氏は、念のため月の権利宣言書を作成、国連アメリカ合衆国政府、旧ソビエト連邦にこれを提出。


この宣言書に対しての異議申し立て等が無かった為、LunarEmbassy.LLC(ルナ・エンバシー社:ネバダ州)を設立した。

 

彼は月の土地を販売し、権利書を発行するという「地球圏外の不動産業」を開始したらしい。

 

家に届いた大きな封筒には、英語で書かれた月の土地権利書、月の地図と、月に関する憲法が3枚、大層なファイルに入っていて、それぞれ日本語訳もついていた。

 

 

 

 

天体望遠鏡が届いたのは、それから3日後だった。

 

特にメッセージはなかったが、これで自分の所有物である月を見ろということなのだろう。

 

月の権利書と同封されていたカードには、月の購入日と、僕と彼女の名前が連名で入っていた。

 

購入日は、僕らが籍を入れる日、つまり付き合い始めた記念日になっている。

 

 

 

 

月が自分のものになったところで、別段実感はなかったが、それでも空を見上げる回数は増えた。

 

「実はあの月の一部、僕のなんですよ」と言ったところで、運動会で選抜リレーを走っている生徒を指さして「あれ、うちの娘なんです」と話すような滑稽さなのだろうとは想像ができた。

 

しかし僕は、結構な数の人に自慢した。

 

親馬鹿も度を越えれば人を嫌な気分にさせるかもしれないが、見ず知らずの人の娘でも、バトンを持って颯爽と1位でゴールテープを切っていれば、すごいですね、と賞賛してあげるものだろう。

 

 

 

 

周りの反応も、「すごいじゃないですか」「月って買えるんですね」と興味を示してくれた。

 

「どうして妹さんはそんなものを?」とも訊かれたが、僕らの馴れ初めが月が綺麗ですねという例の台詞であるということは、それこそ死んでも言えない。

 

12月1日。

 

役所に無事婚姻届けを出したあと、僕は見せたいものがある、と言って彼女を家に呼んだ。妹からのプレゼントで、すごいものだと思う、と言った。

 

 

 

 

僕の家へと向かう道すがら、空を見上げる。

 

雲ひとつなく、よく晴れている。

 

「実は今日、君に言わなきゃいけないことがあるんだ、2つも」

 

ちょっと恐いんだけど、と彼女は構えた。「何よ、いったい。やめてよね、入籍直後に、借金が1億あるんだ、とか」

 

 

 

 

借金はないよ、と僕は笑う。「5年の前の今日のことだけど」

 

うん、と彼女は頷く。僕らの付き合い始めた日だ。半ば、事故的に。

 

「知ってたよ、知らなかったこと」

 

彼女の言葉に、僕は「えっ」としか反応できない。

 

 

 

 

「月が綺麗ですねって、月が綺麗だから言っただけなんでしょ。知ってたよ」

 

「それじゃあ、なんで僕らは」

 

「別にいいじゃない、そんなこと。それに私も、あの瞬間なら死んでもいいなと思えた。だから言ったの。それくらい、素敵な夜だった。一緒に歩いていただけの、その夜が。だから、その言葉に嘘はないわ」

 

 あともうひとつは? と期待と不安のないまぜになった、控えめな笑顔を向けてくる。早くしてよね、という顔だ。

 

 

 

 

なんでも欧米の真似をしてきた日本だが、きっと見習って然るべきこともたくさんあるはずなんだ。

 

いつまでも、遠回しで控えめな日本人じゃいられない。

僕は今日、今まで一度も伝えてこなかったことを言おうと決めていた。

 

プロポーズの時でさえ言えなかった、意訳なしの「月が綺麗ですね」を。

 

こみ上げてくるものを悟られないようにと上を向くと、月が本当に綺麗に出ていた。

 

 

 

 

Story by Saki Mitsui

 

 

 

 

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