蝉フィクション

宝くじ1億円当てた男、砂吹(偽名)。彼に誘われた見ず知らずの4人の共同生活 in London. リアルタイム小説&ガイドブックの折衷案。

Short Film 4「現代版・ブレーメンの音楽隊」

 

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作家志望、24歳、イギリス6ヶ月目

 

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Short Film 4

「現代版・ブレーメンの音楽隊」

 

 

出鼻をくじかれると、嫌になる人間だった。

たぶん、不器用ではない。むしろ器用な方だ。

クラスでも、初めてやることは人よりうまくできたし

努力をすれば、やっただけの結果は自然とついてきていた。

 

 

 

 

だからこそ、初めて石につまづいて転んだとき、僕は起き上がり方を知らなかった。

転び慣れた人ならば、起き上がり、傷の手当をして、また歩き出すだけだろう。

しかし僕は、人生の終わりかのように感じてしまったのだ。

大学受験に失敗した時のことだった。

 

 

 

 

「犬井……まさか、おまえが」

周りにそう言われることが、一番辛かった。

「頑張ってたのにな」というその言葉の裏には、「あれだけ勉強していたのに、なんで落ちるんだ」という声が聞こえてくるようだ。

すぐさま「来年頑張ろう」と切り替えられる浪人組が楽観的に思えて、勉強する気にはとてもなれなかった。

 

 

 

 

もちろん、進学をやめて働くなんて選択もできるはずがない。

何もしたくなくて、しばらく眠り続けた。

人間はこんなにも眠れるものなのか、というほどに毎日寝た。

 

 

 

 

 1ヶ月が過ぎた頃、「あれ、僕は、俗に言う引きこもりになってしまったんではないか」とふと思った。

起き上がると、腰が痛い。宇宙飛行士が地球に帰ってきたらこんな感じなのではないだろうかと思うほど、何をするにも筋肉が疲れる。

何もしなくても、腹はへる。

お菓子を食べても、ゲームをしても、気分は晴れない。酒を飲んでみても、ちっとも美味しくない。

 

 

 

 

インターネットで検索でもしてみようか。

世の中の困ったことのだいたいが、そこには書いてある。

僕よりずっと前に、誰かが同じことで困っていて、解決して、その解決方法が記されている。

それを読めば、簡単に立ち上がれるのかもしれない。

 

 

 

 

だが、できればそれはしたくなかった。

答えはきっと、部屋の中にはない。

そう思って、久しぶりに外へ出掛けることにした。

 

 

 

 

電車で数駅。横浜駅にきて、あてもなく彷徨った。

柄の悪いストリートロッカーが、騒音としか思えない、品のない音を出している。

目を合わさないように通り過ぎようとした時だ。ベースを持ったボーカルが近付いてきた。

「おい、てめえ。耳、あんだろ。聞いてたんなら、金、入れてけ」

 

 

 

 

金髪を、鳥のように鋭く立たせたモヒカン男が顔を近付けて言った。

「こんな騒音に、アルミ1枚分の価値もあると思えないんですけど」

 「お金って何でしたっけ。僕、記憶喪失になってしまったようで」

「あなたは音楽を通じて宇宙の真理に触れているのですね。一緒に入信しましょう」

 

 

 

 

この場を切り抜けるためのいくつか回答を考えてから、最後に僕の口から発せられた言葉は意外なものだった。

 

 

 

 

「じゃあ、五千円あげるから、一曲歌わせてくれない?」

ほとんど所持金の全てであることを示すために、財布を開けて見せる。

鳥のようなモヒカン男は、他のメンバーから実際に「鳥居」と呼ばれていて、驚く。

仲間内で何の相談があったのかは知らないが、金髪モヒカン男鳥居は、僕の手から五千円をひったくった。

 

 

 

 

「歌うって、何をだよ」訝るように訊いてくる。 

たしかに、彼らの持ち歌と、僕の知ってる曲に共通点があるとも思えない。

Jpopしか知らない僕が、唯一知っている洋楽といえば……

Green Day、弾ける? Minority.」

 

 

 

 

ドラムの、ロバのような顔の男が「いいじゃん。懐かしいな。学生時代ぶりだ」と言った。

「良いだろ、猫村」とロバが訊ねると、猫村と思われるギターの男が、無言でペダルのようなものを踏む。今までとはまったく異なった、綺麗な音色をジャラーンと鳴らした。

 

 

 

 

勉強の虫で、友達とカラオケに行ったこともなかった。

音楽の成績だけはいつも3で、自分の歌がヘタクソなこともよく分かってた。

Green Day は、簡単な英単語から構成され、かつ素晴らしい歌だからと、英語の先生が授業で流した曲だった。

 

 

 

 

「ハゲがロックを語るな」とクラスのヤンチャ担当が言うと、「そんなこと言わないで励ましておくれよ、このハゲを」と得意のダジャレで返し、笑いを取っていた。「やっぱりダメだ。励ますと、ハゲ増しちゃうから」と続け、「もう一本もないじゃないですか」と今度は女子から冷静な指摘を受ける。よく笑う、人気のある先生だった。

 

 

 

 

僕は歌った。

ただただ人が通り過ぎるだけの、横浜の汚い路上で。

大きな声で歌うというのは、意外に気持ちが良かった。

ビルの隙間から見える狭い空が、いつもより青く感じる。

 

 


 

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途中で気が付いたのは、彼らは上手に演奏することもできるということだった。

ピカソが普通に上手な絵も描けるように。

飽くまで両方とも僕の主観であるので、ピカソの絵が僕には理解できないように、彼らの音楽もまた、見る人が見れば素晴らしいものなのかもしれない。

 

 

 

ドラマとかだと、このあと何故かどんどん人が集まってきて、感極まった人々が歓声を上げ、最後にたくさんの投げ銭がギターケースに投げ込まれるのだろうけれど、これは現実だから全然そんなことは起きなくて、彼らの熱狂的なファンと見られる2,3人の女性たちが、乾いた拍手をするだけだった。

 

 

 

 

それでも、僕の気持ちは晴れやかだった。

高校の文化祭のあの日。いつもは校長先生が話をするあの体育館の壇上で、こんな風に歌った軽音部の人たちは、さぞ気持ちが良かったんだろうな、と思う。

音楽を諦められない人たちの思いが、理解できる気がする。

いや、きっと彼らからしたら、僕なんかに分かられたくはないんだろうけど。

 

 

 

 

金髪のボーカルが、コーヒー4つ買って来い、と僕の渡した五千円をよこした。

4つ? と思い、その時僕はふと我に返った。

今まで接したことのない類いの人と、いったい何をやってるんだ、と急に現実に引き戻された。

パニックになりかけ、「ブラックですか、無糖ですか」と僕が訊ねると、金髪モヒカン鳥居は「じゃあ2つずつ」と言って笑った。

 

 

 

 

僕は、コーヒーを全員に手渡した後、彼らの看板を見て訊ねた。

「なんでこのバンド、ブレーメンっていうんですか」

ベースボーカルの鳥居、ギターの猫村、そしてドラムのロバのような顔の男。なんとなく分かる気もしたが、体裁上訊ねる。

「忘れちまったよ。もう10年も前からのバンドだ」

 「今何歳ですか」

「27歳」

 

 

 

 

僕は、良い年して、とは思わなかった。

逆に、17歳の時にやりたいことを見つけて、それを10年続けてきたことが、偉業のように感じられる。

 

 

 

 

「おまえ、ブレーメンの音楽隊って、知ってる」

「名前は知ってますけど、どういう話だったかと言われると」

説明してやるよ、と男は路上に胡座をかいた。

「年とった動物、ロバ、イヌ、ネコと、あとメンドリがな、飼い主に殺されそうになるんだ。それなら逃げた方がマシだと旅を始めて、ブレーメンへ行って音楽隊に入れてもらおうとする話だ。最後は、どうなると思う?」

 

 

 

 

僕は、児童文学ならどうあるべきかと考えながら答えた。

「様々な苦難を乗り越え、見事ブレーメンへ辿り着き、音楽隊として成功する、とかですか」

 金髪は意味ありげにかぶりをふる。

「やつら、ブレーメンにも着かないし、音楽なんて一度も演奏もしないで終わる。向かう途中で発見した、泥棒集団から家を奪って、ご馳走にありつき、そこの居心地が良過ぎて、そこでずっと暮らすんだ」 

 

 

 

 

 「え、あの有名な、動物4匹がおんぶをするシーンはどこですか」

「宴会をしていた泥棒たちを、家から追い出す時だよ。驚かせるためにな」

 

 金髪男、鳥居は得意げに言った。

 

「これは、泥棒をすると痛い目に遭うって話じゃないぜ。たとえ思い描いていた未来とは違っても、今いるそこの居心地がよかったら、それが一番なんじゃねえか、って話だ。おれ達は、プロになろうと思って結成した。それがどれだけ狭き門かということが分かってきたのが、最近だ。だけど、こうやってみんなで演奏してる今も、悪くない。それもいいな、と思い始めたんだ。ブレーメンに行けなくても、音楽隊になれなくても」

 

 

 

 

金髪モヒカンは、飛べない鳥のように狭い空を見上げる。「そんなことを、知らずうちに意識して決めたのかもな、このバンド名は」

 

「バーカ、おまえ何かっこつけてんだよ」

その時、ドラムのロバみたいな男がコーヒーを片手に、反対の手でモヒカンの頭を叩こうとして、やめた。「こいつの髪、刺さって怪我するからな」

 

そう言って、僕の反対側に腰掛けた。 

「俺達、高校時代ブレーメンって呼ばれていたんだ。ある英語の教師が、最初に呼び始めたのがきっかけだったよ。口のきき方を知らない、校則を完全に無視してた俺達を、「夜露死苦」的なノリでな」

 

「あのハゲ、言ってたよな。よく聞けこれは只のダジャレじゃないぞ。無礼な三人組で『無礼men』 ちゃんと複数系になっておる、ってな」

 

 

 

 

僕は、もしかしたらという思いが喉まで出かかったが、訊くことはしなかった。 

 

日が沈み始めて、家に帰ろうと思った。

 

また頑張れるかは分からないけれど、今いる場所の居心地は、たぶん良くない。

 

ということは、ここではないどこかへ行かなければならない。ブレーメンへ辿り着くか、音楽隊になるような、ここではないどこかへ。

 

 

 

 

僕はメンバーひとりひとりに挨拶をした。猫村さんは最後まで口をきいてくれなかった。

金髪モヒカンが手を差し出したので、僕らは握手した。

 

「おまえ、名前は」

「犬井」

 

揃ったじゃねえか、バンドやろうぜ、とモヒカンが嬉しそうな声を上げる。

僕は、きっぱりと断った。「勉強します。大学、受けるんで」 

 

 

 

 

 

Story by Saki Mitsui 

 

 

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