蝉フィクション

宝くじ1億円当てた男、砂吹(偽名)。彼に誘われた見ず知らずの4人の共同生活 in London. リアルタイム小説&ガイドブックの折衷案。

第6話「史上最短の戦争。40分でも多くの犠牲者が出る」

 

事が1つも忘れられない病を患う
老いた大家、ヘム。日付だけで
その
日が何曜日で、何時に起き、朝食に

を食べ、誰と会ったかを記憶している。

 

 

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olm-h.hateblo.jp

 

 

 

 

「じいさん、来たぞー」

 

インターホンはあったが、外から大声で呼びかけることにしている。日本語で。

 

あれから日を空けずに、ヘムの家に足を運んでいた。

 

最初は出てくるのを躊躇っていた様子が、入れてくれるまで叫び続けることが分かったのだろう、今日はすぐにドアを開けてくれる。

 

 

 

 

「今日も聞かせてくれよ、イギリスの歴史」

 

ヘムは呆れ顔で、しかし申し訳なさそうにする。

 

「面白いものは、そんなにたくさんないよ。そもそも、私は歴史の起こった日のことを覚えているわけじゃない」

 

「分かってるよ。その歴史を学んだ日のことを覚えてるんだろ。それでいいよ」

 

 

 

 

ヘムはロッキングチェアに腰掛け、あの話はどうだろう、と言った。

 

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 「イギリス・ザンジバル戦争。1896年、8月27日、木曜日だ」

 

「もう曜日はいいよ」

 

「君はこれを聞いて、おかしいと思わないかね」

 

おれは首を傾げる。

 

 

 

 

「100年と、ちょっと前。別にその頃は戦争なんて普通だしな。あ、ちなみにこの日は、戦争が始まった日? 終わった日?」

 

「良い着眼点だ。始まった日でもあり、終わった日でもある」ヘムは、押して欲しいツボを押してもらったような、嬉しそうな顔をする。

 

「ザンバジルというのは、インド洋にある島のことで、当時はイギリスの保護区であった。当時のザンバジルのトップはイギリスには好意的だったが、反イギリス派がクーデターを起こしたことをきっかけに、戦争にまで発展した。だが、勝負はすぐついた。これは、世界で一番短い戦争だ」

 

「たった1日?」

 

 

 

 

「40分だ」

 

「みじか。でもさ、それは、穏便に終わったってことじゃないの?」

 

「いや、イギリスサイドは一人も負傷者も出なかったが、ザンバジルには500人の戦死者が出た。短くても、戦争だ。やっぱり犠牲は出るんだ。時間は、関係ないんだ」

 

 

 

 

まるで、自分の脳の病気に重ねているような物言いだった。

 

時間が経っているからといって、ちっとも色褪せてくれない、苦い思い出たち。

 

部屋の壁を見回してみる。

 

かけられていた写真が外されたせいで、日焼けの後がみすぼらしい。茶色かったり、黄ばんでいたり。

 

 

 

 

「ところで、どういう感じなんだ。おれからしたら、理解できないよ。日付を言われただけで曜日が分かったり、その日どんな行動をとったかを鮮明に覚えているなんて」

 

「どんな感じかと訊かれても……」

 

へムは紅茶のカップを持ったまま宙を見上げた。視点が合っていない。

 

 

 

 

「あえて言えば、私の頭の中は、一本の川が流れている。穏やかな流れの川。その川底に敷き詰められている砂や土が、言わば記憶だ」

 

「砂や土?」

 

「そうだ。いつもは思い出すこともない。平凡な毎日は小川のように、絶え間なく流れ続けている」

 

ヘムは紅茶のカップを置いた。

 

 

 

 

「そこに、小石が投げ込まれるとしよう」

 

そっと投げ入れるような仕草をする。

 

「石が川底にぶつかった衝撃で、土は大きく舞い上がり、澄んでいた流れを濁らせる。それがきっかけとなり、記憶が突如、今、目の前で起きているかのように蘇るのだ。私の場合、小石のようなきっかけはとりわけ、日付の提示だ」

 

「ふーん」返事はしてみたが、いまいち想像は伴っていない。

 

 

 

 

「死んだ妻には、脳の欠陥のことを知らせたくなかった。ずっと隠していたんだ」

 

「なんで」

 

「この病気を知ることで、余計な気を遣って欲しくなかった」

 

 

 

 

それからヘムは、死んだ奥さんの話を始めた。

 

また、静かに涙を流して。

 

 

 

 

「結果として、私は、最愛の妻に、最低な仕打ちをしてしまったのだ」

 

らしくないと思いつつも、おれはヘムの肩を抱くようにしてみる。

 

「話してみろよ。最低な仕打ちだったかどうかは、おれが決める。なに、嘘はつかないさ。もし本当に最低だと思ったら、指さして笑ってやる」

 

 

 

 

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