蝉フィクション

宝くじ1億円当てた男、砂吹(偽名)。彼に誘われた見ず知らずの4人の共同生活 in London. リアルタイム小説&ガイドブックの折衷案。

第5話「3泊4日の旅行は頑張れるのになぜ人生は頑張れないのか」

 

生が3泊4日の旅行なら頑張れる。
毎日、何をすればいいかが明確で、短
いな、なんて考える暇もなく、精一杯
やって死んでいく。そう、蝉みたいに。

 

 

 f:id:olm-h:20170705074550j:plain

宝くじが当たった無職、20歳、ロンドン1ヶ月目 

 

 

f:id:olm-h:20170526095630j:plain

 

 

 

  

ひとつ誤算があったとすれば、三井咲(みついさき)という女が、意外に英語が話せることだ。

 

アジア旅行なら何度も行っていたというから、連日連夜遊び歩いて身に付けたのだろう。

 

破廉恥な女め。

 

だが、これは死活問題だ。三井の英語に頼っていては、おれの威厳が損なわれる。

 

 

 

 

これから住む新しい家に到着し、インターホンに手を伸ばした。

 

押す指が震えないように気を付ける。後ろで三井が見ていたからだ。

 

大家と、いかに英語を話せる風に装うか。そんなことで頭がいっぱいだった。

 

だがついに二日前、おれは奇跡の万能フレーズに辿り着いた。

 

 

 

 

It depends.

時と場合による。

 

 

It depends on a person.

人による

It depends on a situation.

状況による

It depends on the day.

その日による

 

 

幸い、リスニングはまだできるほうだ。

すべての質問には、これで答えられる。

 

嘘はつくわけではない。

この世の全てのできごとは、時と場合によるのだ。

 

 

 

 

なんでイギリスに来たかと言われたら、人によると言って三井に振ろう。

 

どれくらい滞在するのかと訊かれたら、その時の状況によると答えよう。

 

働く予定はあるのか、と訊かれたら、その日によると言える。

 

多少不自然でも、大丈夫だ。だって、日本人なのだから。

 

 

 

 

しばらくすると、背の高い老人が出てきた。

色が白く、手足がやけに長い。

「君が諒くんかね」

待っていたよ、と優しく微笑んだが、目元の皺のせいか、どこか寂しげな笑顔だった。

 

 

 

 

ヘムレンだ、ヘムと呼んでくれ、と言って手を差し出した。彼が大家で間違いないようだ。

 

 荷物を置くと、家の説明をするからついて来い、と言う。

 

一軒家二階建て、4つの個室はそれぞれ8畳ほどあり、ベッド、机、収納と最低限のものは付いている。広いキッチン、トイレとシャワーは共同だったが、ロンドン中心部にもすぐに出れるこの立地で、この価格は破格といえる。

 

三井が水回りを見て、「きれいー、よかったあ」と子どものような声を上げている。

 

 

 

 

「私は2つ隣の家に住んでいる。何もなければ来ないが、何かあればすぐに駆けつけるから、安心していい」

 

多分そのようなことを言っているので、サンキューと言ってみた。

 

「どのくらい滞在する予定なんだ?」

 

来た! と思い、浮き足立つ。

 

 

 

 

 「まだ分からない、状況による」

 

「勉強しに来たのか? 働くのか?」

 

「それも、人による」

 

「明日は、何をするんだ?」

 

「さあ、天気による」

 

 

 

 

そんなことを訊いてどうするのだ、と思う。

 

すると、ヘムはこんなことを言った。

 

「君にはきっと、時間もお金も、少しはあるのだろう」

 

微妙なニュアンスは分からないが、皮肉のように聞こえた。

少しではない、と言いそうになる。

 

「しかしだね、君の明日の1日は、君の人生最後の1日と、同じ長さなんだよ」

 

 

 

 

おほほほほ。初日から説教をしてくる老人とは、いくら大家と言えど無礼千万。なんなんだ、大層な夢と明日の予定がなければロンドンに来てはいけないという法律でもあるのか。こちらは提示された家賃を毎月払うのだ。あんたはその対価として家を貸す。それ以上でも以下でもない。余計な干渉は好むどころじゃないどころか大嫌いだ。今すぐ出て行きたまえ。

 

言いたい! だが、これを言える語学力がない。そうだ三井に言わせよう。

 

その時、ヘムがすっと立ち上がった。

 

「そろそろ、帰るとしよう」

 

ゆっくりと玄関に向かう彼の後を追いかけ、三井は玄関まで見送りに行った。

 

 

 

 

「あの人、泣いてた」

 

「泣いてた? なぜだ。おれたちが明日の予定もないことがそんなに嘆かわしいことなのか」

 

「そんなわけないでしょ。でも心配、どうしたんだろ」

 

「今日出会ったばかりの他人にそこまで感情移入できるのは最早芸当だ。皆そんな読者ばかりだったら、おまえの三文小説でも涙してくれるだろう」

 

「私、心配だから、ちょっと行ってくる」

 

「行くって、どこに」

 

「大家さんの家」

 

「バカ待て聞いてなかったのかこの家はオートロックで鍵はまだおれが……」

 

 

 

 

開け放しのドアを見て、ガサツさに溜め息が出る。

あいつはきっと7人兄弟の末っ子長女で甘やかされて育ってきたに違いない。

鍵を持って、仕方なく立ち上がる。

迷子にでもなられたら、その方が厄介だ。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

f:id:olm-h:20170705074604j:plain 

作家志望、24歳、ロンドン1ヶ月目

 

 

 

 

見送った時に、歩いて行く方向を見ていた。

 

家を出て、左に2つ行ったところが、ヘムの家だ。 

 

不躾だと分かってはいたが、迷いはなかった。

 

彼は出てくると、さっそく何か問題があったかい? と訊いた。イギリスのことを知りたいので、良かったら少しお話しませんか、と私は言ってみた。

 

 

 

 

ヘムは不思議そうな顔をしたが、どうぞ、といって中に入れてくれた。

 

ドアを閉めようとした時、ヤクザの取り立てのように片足を突っ込んできた。

 

見覚えのあるよく磨かれた革靴。砂吹しかいない。

 

しかし、2つ隣の家に来るのに、革靴を履いてくるとは。

 

 

 

 

「いや、先程はすまない。私は、少しばかり悲観的なんだ」ヘムが眉を下げて笑う。

 

「そんなことはありません。それより、この町のこととか、教えてください」

 

「静かでいい所だよ。スーパーも公園もある。休みの日には、親子連れで賑わう」

 

「ヘムさん、ご家族は?」

 

 

 

 

砂吹が窓の外を眺めながら、そっと溜め息を吐いた。

 

「この部屋を見て、分からないのか」

 

私はリビングを見回す。

 

「2つの大きな窓。一方の窓ぎわにはおそらく趣味であろうアンティークのおもちゃが所狭しと並んでいる。が、もう一方にはそれがひとつもない。もしおれなら分散して置くがね。あとは、無数にある、壁の日焼けの後だ。日本人なら壁にかけるのは絵画かカレンダーくらいのものだが、ここはイギリスだ。欧米人が好んで部屋いっぱいに飾ってるものといえば」

 

 

 

 

「家族の、写真?」

 

しんと静まりかえる。一人で住むには、大き過ぎる一軒家。

 

奥さんが、出て行った? もしくは……

 

しかし、訊けない。日本語でも訊き辛いことを、英語でなんてもっと訊けない。

 

 

 

 

「写真を片付けたのはつい先週だが、妻が亡くなってからは、かれこれ十年になる」

 

ヘムがぽつんと呟いた。

 

「十年? これは驚いた。あんた、」

 

とても失礼なことを言いそうな予感がしたので、砂吹の脇腹を思いきり肘でこづく。

 

「日本語ならいいだろう」

 

「日本語でもやめて。思っている以上に、表情と雰囲気で伝わるんだから」

 

 

 

 

「だが、妻が死んだのは、つい昨日のように感じるんだ」

ヘムは Literally、と言った。大袈裟な比喩ではなく、文字通り、という意味だ。

 

「私は、忘れることができない、病気なんだ」

 

ヘムは、部屋の隅にある段ボールに、乱雑に積まれた新聞のひとつを強引に抜き取り、砂吹に渡した。

 

砂吹は視線を落とし、2016年9月5日、と言った。

 

 

 

 

「月曜日だ。その日、中国で第11回20ヶ国・地域首脳会合が行われた。イギリスからはディヴィッド・キャメロン首相が出席した」

 

「くだらん、ただの暗記自慢のじいさんだ」

 

砂吹がむきになり、携帯で検索して次々に問題を出した。ヘムは驚くべきことに、30年前の日付であろうが、その日の曜日を間髪入れずに答えた。また、有名な歴史だけでなく、遠い過去の、その日のテレビ番組なども記憶していた。

 

「覚えようとは思っていない。ただ、日付を言われると、映像として蘇るんだ」

 

 

 

 

ヘムは、子どもの頃から、テレビガイドを読むのが好きだったという。昔からずっと集めていた。

 

ある日、ふと気が付いた。いつ、どんな番組をやっていたか、内容の詳細まで完璧に覚えていることを。

 

良い思い出も覚えている。しかし、悪い思い出のすべてが、今目の前で起こっているように感じる。

 

まさに悪夢だ、と言ってヘムは目頭をおさえた。

 

 

 

 

「1日しか記憶がもたないじいさんの話なら知っているが、その逆とはな」

 

「人間は忘れてゆく生き物なんだ。良いことも、悪いことも、忘れていくことで、前を向き、明日を強く生きていける」

 

ヘムは、これだけは聞いてくれと言った。

 

 

 

 

「私の人生は足し算だった。1日1日、朝から晩まで、何時に起きて、何をして、どんなものを食べて、どんな気分だったかを記憶している。

 

引き算はない。できない。良い思い出を鮮明に覚えている代わりに、悪い出来事もまた、少したりとも忘れることができない。

 

かけ算でもあった。だが、意味を持たないかけ算だ。私の能力を面白がり、何度となくメディアが押し寄せた。これは何かのチャンスであったかもしれない。だが、当の私がゼロだった。何をかけても、答えはゼロだ。

 

人生は、割り算だ。これは僕にも、君たちにも言える。残された人生を、割り算しなければならない。今日という一日でさえ、私は生涯忘れることのできない一日だ。もしも今日、僕の思いを君たちに伝えることができなかったとしたら、悔いを残したことを、僕は一生忘れることができない」

 

 

だから、来てくれてありがとう、チャンスをくれてありがとう、とヘムは力なく言った。

 

 

 

 

「ならば、湯を沸かせ三井」

 

ならばの意味がちっとも分からなかったが、砂吹は、どこから取り出したのか、緑茶のパックを持っていた。

 

「さあ、ヘムさん。お茶でも飲んで、ほっとしましょ。これ、彼からのお土産です。多分、すっごい良いやつ」

 

何が土産なものか、おれが今飲みたいだけだと叫ぶ砂吹を置いて、キッチンに行きケトルの電源を入れた。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

ヘムの家からの帰り道。午後8時を回っていたが、まだまだ空が明るいことに驚く。

 

裏の公園を散歩しようと、砂吹が言い出した。

 

珍しいこともあるものだ。

 

私は、散歩にしては早足で歩く砂吹の後ろを、頑張ってついていく。

 

 

 

 

「旅行って、面倒だ」

 

「どしたの、急に」

 

「3泊4日で、海外に行くとするだろ。 多くの奴等が、分刻みの、アメリカ大統領みたいなスケジュールを立てる。観光する場所、美術館の営業時間、行きたいレストラン、またそこが万が一休みだったら、などのリスクヘッジまでする」

 

「私たちも、3泊4日の旅行だったら、そうしたかもね」

 

 

 

 

「そんなに詰め込んで、帰国した後の感想は、なんだ」

 

私は少し考えてみた。

 

空を見上げる形になる。

 

外国特有の、青い空が広がる。絵の具セットや色鉛筆のデフォルトには入っていないような、青だ。

 

 

 

 

「大変だったし、疲れたけど、楽しかったね」

 

砂吹はそうじゃないの、と訊ねる。

 

遠くで犬が鳴いていた。

 

「おれも、そう思う」

 

 

 

 

f:id:olm-h:20170526092029j:plain

 

 

 

 

帰ったら、とりあえず明日からの予定でも決めるか、と砂吹が呟いた。

 

自然と自分の口角が上がるのを感じる。

 

大変だったし、疲れたけど、楽しかったね。

 

人生が終わる瞬間に、そんな風に思えたら。

そんな風に思えるように、とりあえず明日を生きよう。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーー

 

次回、三井による短編書き下ろし。

「自分の寿命、75歳に設定しました」

 

olm-h.hateblo.jp

 

 

 

 

【お知らせ】

当ブログ「蝉フィクション」は、ランキングに参加し始めました。

下の、赤い電話ボックスボタンを押して頂けると、喜びます。

どうぞ宜しくお願い致します。

 

 

にほんブログ村 海外生活ブログへ