蝉フィクション

宝くじ1億円当てた男、砂吹(偽名)。彼に誘われた見ず知らずの4人の共同生活 in London. リアルタイム小説&ガイドブックの折衷案。

第48話「アウシュヴィッツを見て、何を思えばいいのだろう、という君へ」

 

いからやだ、と言ったら怒られた。
強制収容所に行こうと砂吹が言い出した
のだ。
どんなものかは想像がつく。どう
せ旅行するなら、楽しい所がいいのに。

 

 

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作家志望、24歳、イギリス13ヶ月目

 

 

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「今そういう話しなくてもいいじゃん、とか言う奴いるだろ」

 

イーストロンドンにある小さな一軒家。

4人そろってお昼を食べている時に、砂吹がいつものように声を張り上げていた。

 

「だからそれは、時と場合によるんじゃない。例えば、久しぶりにみんなで集まって楽しく飲んでるのに、とかそういう場面なんじゃないの」

誰ともつかない、砂吹のターゲットになった人物の肩を持つ。

 

「じゃあ、あれですか。一年に一度くらいしか会わなくなった学生時代の友達とは、もう一生そういう話はできないわけだな。残念だ、青春時代は世界平和について真剣に語り合ったというのに。仕事の愚痴、上司の悪口、同僚の不倫。そんな話で十分にビールはうまい。そして帰り道に思うんだ。あれ、今日って何の話したっけ、ってな」

 

 

 

 

こうなったらもう手は付けられない。はいはい、と適当に相槌をつく。

 

そもそも、そういう話って何だ。

 

すべては、「なんとなく恐いからやだよ」とわたしが言ったのが始まりだった。

 

砂吹が、アウシュヴィッツ強制収容所に行こうと言い出したのだ。

 

 

 

  

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第48話
アウシュヴィッツを見て、何を思えばいいのだろう、という君へ」

 

 

 

 

「なんとなくっつった?  なんとなくっつった?

この世でなんとなくで決めていいものなんてないんだよ。ランチでチーズバーガーを注文する時でさえ確固たる理由があれ。アウシュヴィッツの正式名称も知らん小娘が」

 

「ちょっと、何も知らないみたいに言わないでよ。わたしだって、史実くらいちゃんと理解してるつもりだよ。戦場のピアニストだって恐かったけど見たよ。じゃあ逆に訊くけど、学校で習った内容や、教科書に載っていた写真以外に、そこに何があるの?」

 

砂吹がそこで初めて勢いを緩めた。

 「それ以上のものは、何もないだろう」

 

「じゃあ行く意味なんてないじゃない。実際に目で見る事が大事なのは分からなくもないけど。でもわざわざポーランドまで行ってそれを見て、わたしは何を思えばいいわけ」

 

 

 

 

偉そうなタイトルを付けたけど

アウシュヴィッツを見て、何を思えばいいのだろう、という君へ」

の君とは、訪れる前までの自分のことだった。

わたしなりにだけど、その答えが出たので、今日はそれを共有したい。

 

 

 

 

結局は砂吹に言いくるめられ、わたしたちはポーランドに行くことになった。

正式名称はアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制絶滅収容所

広末さんもカメラマンとして同行を余儀なくされた。

またミムラも都合がつき、4人全員で行けることになった。

 

 

 

 

わたしたちは今、イーストロンドンの一軒家をシェアしている。

作家志望のわたしはサキ。24歳になった。

元会社カメラマンの広末さん。32歳。最年長なのに腰が低い。

ヘアメイクとして頑張っているミムラ。28歳。年上のお姉さん的存在。

そして、家やみんなの生活費は、宝くじで1億当てたと自称する砂吹が出している。偉そうにしているが、21歳で一番若い。

 

 

 

 

便利な世の中になったもので、ネットの海にはアウシュヴィッツへの行き方が山ほど出てくる。

クラクフという都市から少し離れた田舎にあるものの、旅の先輩たちのブログを頼りにすれば、誰でも簡単に辿り着ける。

もう行き方の分からない場所なんて、地球上に存在しないんじゃないだろうか。

ヘリで行ける蕎麦屋、で検索がヒットする時代なのだ。

 

 

 

 

アウシュヴィッツには、中谷さんという、日本人で唯一ガイドをしている方がいる。

アウシュヴィッツのホームページから予約をしようとしたのだが、わたしたちの旅程内ではガイドのスケジュールがなかった。

なので、中谷さんが翻訳したというガイドブックを買って中に入った。

どうやら、中谷さんの個人のウェブサイトから予約ができるようだ。

 

 

 

 

「オフシーズンのはずなのに、観光客でいっぱいだね」

「ここは観光地じゃないんだよ。いわば、墓地だぞ」

恐いと思っていたその場所は、集中して見ないとうるさく感じられるほどに、人で溢れていた。

「参拝者でいっぱいだね」と皮肉を込めながら、しかしそれで、お墓にお邪魔している、という自覚が生まれたのも事実だった。

 

 

 

 

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トップ画も含め、写真はすべて広末さんが撮ってくれている。

有名な、「ARBEIT MACHT FREI」の文字。

「働けば自由になる」と書かれている。

 

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この看板、3文字目のBが上下反転している。

作った者による皮肉とも、当時のフォントの流行りだとも言われている。

 

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ガス室で実際に使われたツィクロンBの空き缶。

 

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 義足。 

 

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みんな生きて帰ってこれると信じていた。

自分のスーツケースがすぐに分かるように、名前を大きく書いている。

 

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入れ墨で刻まれた番号。

 

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「本によると、ここにあるすべての額に入った写真の人々が亡くなっているらしい」

 

「……そんなこと言われても」

 

曖昧な返事するなとか、また文句を言われるかと思った。

 

けど砂吹は、そうだような、と言った。

 

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ミムラは言葉をほとんど発さずに、子どもの小さな服や靴を見ては、一人で静かに涙を流していた。

 

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銃で処刑される時に使われていた壁。

 

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重労働に耐えかねて、自ら高圧電流に触れる者も少なくなかった。

 

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雪の積もるような寒さ。

12月下旬。0℃。これでも冬はまだ本番じゃない。

私はヒートテックの上下、ライトダウン、コートにマフラーでも寒いのに、

彼らは薄い布一枚で寝ていた。

 

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ガス室に、実際に入ることができる。

息苦しくなって、目に涙が溜まる。

 

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ガス室のすぐ隣に焼却炉。

効率が求められたそうだ。

人を殺すための効率って、いったいなんだ。

 

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集団で首吊りを強いられた絞首台。

 

広末さんの顔色が悪かった。カメラを向けるのがつらそうだった。

 

「ちゃんと撮ってくれ」

 

その言葉に「ちょっと」と口を挟もうとしたが、やめた。砂吹がそっと肩を叩く様子が、労いに近かったからだ。

 

 

 

 

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「ちびのおまえでもさすがに頭うつな、この三段ベッドの低さじゃ」

 

みんなすっかり口数が少なくなっていた。

 

そんな中で絞り出した砂吹なりの気配りだろうと思ったから、

 

わたしはそうだね、と言った。



 

 

 

 

 

 

帰りのバスの中で、砂吹はもうケロッとしていた。

 

「さあ、何を食うか。ポーランドは飯もうまいらしい」

 

「結局、学校で習った以上のものはなかったじゃない」 

 

「うるさい奴だ。そんなこと言うなら、日本で大人しく世界の絶景本でも読んで満足しとけ。そして恋愛観察バラエティ見て、結婚はやっぱり大変だからいいわ、ってなってろ」

 

 

 


砂吹が後ろの座席から乗り出してくる。

 

「別に、何も思わなくていいんだよ。

アウシュヴィッツを実際に見たからといって、特別なことを思わなくていいんだよ。

どうだった? と人は訊くだろう。

そこで、人が納得するような “それらしいこと” を言える奴が、おれは好きじゃない。

 

何も言えなかった。

何も思えなかった。

行きたいから行った。

誘われたから行った。

みんなが行った方がいいのかなんて、分からない。

でも自分は、行ってよかったかな。

 

きっとそれくらいでいいんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

今から15分前。

すべてを見終わり、わたしたちは出入り口にいた。

小さな箱の前に立っていた。

 

 

 

 

負の遺産ともいわれるアウシュヴィッツ

多額な金をかけてまで過去の産物を保存する意味があるのか、という意見も少なくないようだ。

 

でもわたしたちは、全員一致で寄付の箱にお金を入れた。

 

自分が何を見たのか。

自分は何を思ったのか。

それは、今でもはっきりとは分からない。

 

けれど、その小さな箱にお金を入れることができただけでも、実際に来て良かったな、とわたしは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

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