蝉フィクション

宝くじ1億円当てた男、砂吹(偽名)。彼に誘われた見ず知らずの4人の共同生活 in London. リアルタイム小説&ガイドブックの折衷案。

第3話「1億持ってて、エコノミーに乗る男」

 

 

のままじゃダメだということは分か
ていた。 このままじゃダメだという事
以外、何も分からなかった。考えるのは
もうやめだ。走りながら考える事にする。

 

 

 

 

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「ねえ、砂吹は、スナフキンがすきなの?」

 

「好きなわけないだろう。おれが一番嫌いなものを教えてやろう。世界中に蔓延している、勘違い旅人さ。タメ語で馴れ馴れしく寄ってきては、ラブだのピースだのウェーイだのと、勢いだけの英語で会話できてる気になっているお気楽な奴等だ。スタバでマックを開いてコツコツと書き溜めた、崖の上から目線の有り難いお言葉ブログを、わっざわざ本にする。ノマドを始めれば末期だ。だいたい何なんだ、あのやけに脇をひらいたスタイルの握手は。普通にできないのか、普通に」

 

「じゃあ、砂吹は、本名なの?」

 

「偽名に決まってるだろう」

 

「やっぱ好きなんじゃん。ねえ見て。私の名前も偶然だけど、三井。ミイって読めなくもないよね」

 

「なるほどちょうどいいじゃないか。小さくて頑固でせっかちで怒りっぽい。おまけにそのぱっつんとなってる前髪なんか、よく似ている」

 

「ねえ砂吹は何歳なの?」

 

「砂吹、さんだ。20歳だ。文句あるか」

 

「なんだ、やっぱ年下じゃん。じゃあ砂吹ね」

 

「おれはおまえのスポンサーだぞ」

 

「見て、離陸するよ」

 

 

 

 

砂吹の買ったチケットは、本当にエコノミーだった。

 

しかもモスクワでのトランジット。計22時間のフライト。出してもらってるから文句はない。

 

それでも、もしも自分だけがエコノミーで、砂吹だけビジネス、あるいはファーストだったら、と考えていた。性格上、あり得る。

 

しかし、ちゃんと隣の席のチケットを取っていたし、窓際に座らせてくれた。窓際に座らせてくれる人は良い人だ。

 

 

 

 

海外旅行は好きだったが、ヨーロッパは初めてだった。

 

学生時代の旅行は、簡単には行けない場所を選んでいた。

 

たとえばラオス。日本からの直行便は出ていない。ロンドンやニューヨーク、パリやハワイは、就職してからでも行けると思っていた。

 

 

 

 

親には、今回のことが終わって、作家として芽が出なかったらちゃんと就職すると約束してきた。

 

母はそれで気が済むのならと安堵していたようだったが、父は浮かない顔をしていた。

 

飽くまで三井の予想だが、海外に娘をやる心配というよりは、小説をやめる寂しさのようなものなんじゃないだろうか。

 

中学の頃から書いていた小説を、いつも一番最初に読んでくれたのが父だった。

 

 

 

 

「いいか、到着するのは5月10日の朝だ。神経の図太い奴は一度寝たら起きないからな。今のうちにおまえの仕事であるブログの説明をしておく」

 

砂吹は真面目な顔で言った。

 

「まず何度も言うが、書くスタイルは三人称多視点。しかし最初の1回だけは一人称を許す。その方が説明しやすいだろう。写真はフリー素材は使うな。どこにでもあるようなCGみたいなやけに綺麗な写真より、おれたちが撮ることに意味がある。たとえ、どヘタクソな戸越銀座の写真でもな」

 

「うるっさい」

 

「なんだ、夕日に染まった黄色い町とは。それでも作家の端くれか」

 

だって黄色かったんだもん、と思ったが、口にはしなかった。たしかに今思うとひどい描写だ。砂吹は説明を続ける。

 

「ブログのタイトルはおれが決める。あとは自由にやっていい。プロフィール画のみ、初めはフリー素材でもいい。何故ならば、優秀なイラストレーターに正式に依頼しているからだ。当たり前だが、おれたちの顔の写真は一切載せるな。あと、これからメンバーはもう2人増える。4人での共同生活になる。おまえは、他の3人の言動も書くことになる」

 

「え、ちょっと待った。三人称多視点で書くのに、どうやって彼らの行動を知ればいいの?」

 

「いい質問だ。聞いてないようでちゃんと聞いてるんだな」

 

聞いてるっつうの、と三井は眉をひそめる。

 

「彼らには、日記形式で日々の出来事をノートに記録してもらう。それをおまえが、リライトする。そうそう、言い忘れていたが、他のメンバーはブログを閲覧することを禁止する」

 

「なんで?」

 

「その方が、おまえが自由に書けるだろう」

 

「ちょっとさ、おまえって呼ばないでよ」

 

「じゃあ何て呼ぶんだ」

 

「さ、さきちゃん?」

 

砂吹は驚いたかのように目を見開いたかと思うと、アイマスクを取り出して、おやすみと言った。

 

こいつは、と唇を噛む。

 

 

 

 

ふと窓に目をやると、外は夕焼けだった。

 

生まれ変わったら男に生まれて、パイロットになるのも悪くない。

 

この絶景を、真正面からワイドに見れるコックピット。そこに座れば、極上の描写が思い浮かぶはずだ。

 

あるいは、いざパイロットになると、絶景も回数を重ねるごとに、何も感じなくなってしまうのだろうか。

 

 

それならば、いったい何が一番の幸せなのだろう。

 

 

隣のアイマスクの男を見る。

目が隠れているせいで、すっと伸びたきれいな鼻筋が目立つ。顔はいいのに、天はやはり二物を与えないんだ。

 

 

砂吹は今、幸せなのだろうか。

 

謎の男だ。1億当たったのなら、普通は幸せなはずだ。

 

何だってできる。女の子をはべらすことも、1億を元手に起業することも、世界だって何週もできる。

 

なのになぜこの男は、見ず知らずの人に声をかけて、あえてイギリスに行くことにしたんだろう。エコノミーで。

 

 

 

 

性格がねじ曲がった男だ。今訊いても、きっと真意は答えてくれない気がする。

 

いいだろう、必ず魂胆を暴いてやる。長期戦は望むところだ。

 

マキとミキはああ言ったけれど、砂吹が1億当たっていようがいまいが、実はどっちでも良いことだった。

 

 

 

 

何かしら、行動を起こしたかった。

 

 

 

 

このままじゃダメだ、ということは分かっていた。

 

このままじゃダメだ、ということ以外、何も分からなかった。

 

何がしたいのか、何をすべきなのか、どのようにしたらいいのか。

 

頑張りたい気持ちはあるのに、何を頑張ったらいいのか分からない。

 

 

 

 

どんな形であれ、砂吹がそんな状況から救ってくれたことには、変わりはなかった。

 

 

 

 

ーーーーー 

 

 

 

 

「東京は野菜、ロンドンは貝。さて何でしょう」

 

「長時間のフライトの後でよくもそんなしみったれたなぞなぞを出せるものだな。おれはナイーブなんだ。ほっといてくれ」

 

「あ、それ、間違った英語。ナイーブは世間知らずみたいな意味だよ。繊細って言いたいなら、センシティブだよ」

 

「どっちでもいー!正解はなんだ」

 

 

 

 

 

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「じゃーん。正解は、オイスターカード。東京で言う、スイカ」

 

「ダジャレじゃないか!」

 

「なぞなぞなんて、ダジャレでしょ」

 

これ、ダジャレか? と三井は思う。立派ななぞなぞだ。

 

「購入する過程の、写真は撮っただろうな」

 

「なんでよ」

 

「ブログで説明するためだろう。もう1回」

 

「え、だって、オイスターカードの買い方なんて、検索したらいくらでも出てくるよ。英語も私が分かるくらい簡単だし」

 

「分かってるわーかーってる。高卒でも分かるくらいの単語しか使われていないのも、動画で分かりやすい説明があるのも、下手したら日本語に切り替えられるのもぜーんぶ分かってる。それじゃあ訊くが、おまえはいざ本当に説明したい時に、すぐに有用な記事が書けるのか。一度しかない人生でできることは準備だけだ。すべては練習だ。まずは何も参考にせずにオイスターカード購入の説明をしてみろ」

 

砂吹はそう言ってクレジットカードを差し出しては、はばかる事なくピンナンバーを口にした。

 

「すでに2枚あるだろうが、あとから2人来る。いずれ使うから、気にするな。朝のラッシュは過ぎているから、券売機は空いている。今がチャンスだ」

 

三井は、怒濤のようなアドバイスとも罵声ともつかない発言を整理する。携帯カメラを起動し、カードの購入手順を、どのように説明すればいいのか、頭で考えながら券売機へ向かった。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 最寄りの駅に到着し、一本道を5分ほど歩いていく。

 

近くには、小さな代々木公園みたいな広場もある。

 

こんなことを書いたら、また砂吹に「大きいのか小さいのかどっちかにしろー」と言われるかもしれない。そんなことを考えながら足を止め、携帯で写真を撮った。

 

 

 

 

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砂吹は緊張の面持ちでドアベルを鳴らしていた。

イギリス人の大家さん、良い人だといいな。

 

 

 

 

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