蝉フィクション

宝くじ1億円当てた男、砂吹(偽名)。彼に誘われた見ず知らずの4人の共同生活 in London. リアルタイム小説&ガイドブックの折衷案。

第2話「犯罪のにおい。はじめての偽名、決めました」

 

 

された日本生活。お寿司を食べて
桜を見て友達に会って……日本にあ
てイギリスにないものはなんだろう。と
りあえず、ふやけるまで湯船につかろう。

 

 

 

 

 

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「えーやめなよ、そんなわけわかんない人についてくの」

 

「だいたいあんたは昔っから突拍子がないんだから」

 

 「昨日だってさ、いきなり連絡してたと思ったら」

 

「戸越銀座に行こうって、なんでまた」

 

 

 

 

もう急なんだから、という2人の声が綺麗に重なる。

 

行く前にしなきゃいけないことは何だろう、と考えた。

 

知らせなきゃいけない人もたくさんいる。でもとりあえず、この2人には直接話さなきゃ。そう思った。

 

中学の時からの友達。一卵性の双子。マキとミキ。

 

 

 

 

砂吹の宝くじじゃないけれど、もし当選したら、この2人には言っちゃうだろうな。昔からずっと一緒。心配性で、似たようなことを言うけれど、実は性格は全然ちがう。

 

長女のマキは、頼れるお姉さん。少し強引な所もある。次女のミキは少しおっとりしていて、優しい。

 

去年、小説の中で、猫の描写が書けないと泣きついた時に、ミキはずっと話を聞いてくれていた。マキの耳に入ると、猫が見たいなら見せてやると、2人が戸越銀座に連れてきれくれた。本当に、嬉しかった。

 

何が食べたいかと訊ねると、鯖(さば)サンドと言うので、商店街から徒歩5分くらいの場所にあるカフェに入った。料理を待っている間、横に並んだ2人は同じように頬杖をついて、交互に質問してくる。 

 

 

 

 

「本当にその男の人、1億当たったのかな?」

 

そもそも小説書くのに、海外行く意味あんの?」

 

「その人、性格悪いんでしょ? 一緒に住んだりして、大丈夫なの?」

 

「イギリスなんてご飯まずいし、天気悪いし、寒いし、遠いし」

 

 

 

 

もう急なんだから、と呪文のように繰り返すマキとミキは、顔が本当によく似ている。お母さんでさえたまに間違えるらしい。判別が付かないからと、ちがう髪型をしている時期もあったけれど、今は2人とも、胸下くらいまで伸ばしている。

 

「ねえ、それより聞いて。私の新しい名前」

 

一枚のメモ用紙を取り出す。

 

「私、考えてみたら、ずっと新人賞に小説送ってたけど、ずっと本名だったから筆名みたいのなかったし、だから、初めての偽名なんだよね。悪いことするみたいでワクワクする」

 

 

 

 

三井 咲(みつい さき)と書かれた紙を、同じような顔つきで見る。

 

「その心は?」

 

「うん、とくにないよ。書くのに、簡単なの。あと、マキ、ミキ、サキって、なんか姉妹みたいじゃん」

 

2人は、顔を見合わせて、はじめ、少し困ったように、それから小さく笑った。

 

タイミングが完全に一緒で、間に鏡が挟まっているようだ。

 

 

 

 

「あんたはさ、変わってるよね。なんか作家を目指す人が変わってるっていうそれとは、ちょっとちがくて」

 

「どういうこと?」

 

「だって、偏見かもだけど、小説書く人ってなんか根暗で、オタクでってイメージなのに。あんたはコンビニで働いてこそあれ、どっちかっていったら、社交的なタイプじゃん。大学の時なんて、一人でふらっとタイとか行って、向こうで友達作って楽しんでたし。なんていうか、どこか神秘的な魅力持ってるよね。書いてるのがSFだからかな」

 

「あのね、ファンタジーなの、一応」

 

「ちがいが、よく分かんない」

 

「たしかに曖昧かもしれないけれど」

 

「あんたの好きな星新一先生は?」

 

「SF、かな」

 

「じゃあSFだよ」

 

「うーん……」

 

 

 

 

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運ばれて来たサンドを見て、みんな食い入るように見つめる。結構大胆に、焼いた鯖が入ってるもんだ。これをサンドと言っていいのかは怪しい。鯖の上にパンが乗っている印象だ。

 

 

「私はずっと心配してたんだよ。決まってた就職も蹴って、あんな寂れたコンビニでアルバイトして。私達もう24だよ? プラプラ遊んでる場合じゃ……」

 

言い過ぎだと嗜むように、ミキが肘でこづく。

 

「うん、分かってる。私もちょっと考えたんだ。あの男は口が悪いし本当に陰険だけど、言われていることは的を得てる部分もあるんだ。私もいつまでもバイトと小説ってわけにもいかない。だから、今回ちゃんと挑戦してみて、ダメならきっぱりやめようかな、と思って」

 

「なんでまた、急に行く気になったの」

 

三井は、なんでだろうと考えてみる。

 

やはり、店長に言われた言葉が大きかったように思う。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

恵方巻きのノルマをアルバイト課すコンビニ店長の問題が大きく取りだたされたおかげで、ひなまつりとイースター商戦は、前年に比べてかなり控えめだったように思う。
 
店長も、好きで大量の発注をしているわけではない。本部からの圧力なのは知っている。
 
そもそも、問題になった店の店長は、よほど嫌われていたに違いない。 
 
三井はそんな風に考えていた。
 
 
 
  
三井の勤めるコンビニの店長は、40代半ばの普通のおじさんだ。
 
小柄で、茶色のパーマをかけていて、後ろから見るとおばさんにも見える。そして、とにかく明るい。都市部のコンビニだが、地域密着型を目指している。
 
店長は、暇さえあればお客さんにすすんで話しかける。通りを挟んだ反対側には他ブランドのコンビニもあるが、そこを素通りしてわざわざ店長に会いに来るような客もいる。
 
スタッフにも優しかった。叱る時は叱るけれど、決して怒っているわけではなかった。指導すべきことを言う。気分で怒鳴ったり、人によって分け隔てたりしない。
 
 
 
 
だから、店長が寝ぼけてメロンパンを120個発注することなど、半年に1度の行事なのだが、そんな時は、誰がともなく、「仕方ないなあ」とおばちゃんパートが家族分買って帰ったり、学生アルバイトが休憩中にメロンパンを食べたりする。
 
店長ももちろん大量に買う。
 
それでも、廃棄しなければならない日の朝に、やっぱり50個ほどまだ残っていた。
 
店長が「助けてください。僕が発注間違えました。今日までなんです」という張り紙をバカ正直にしてみたところ、お客さんたちは、「もっと早く言えよー」「おかしいと思ったのよ、メロンパンが山ほどあるから」と、あっというまになくなった。
 
 
 
 
三井が思う、店長の良いところは、実はここからなのだ。
 
後日店長は、メロンパンありがとう、というメモと共に、チョコレートを買って裏に置いてくれた。
 
普通の店長なら、自分で買ったメロンパンをその辺に置いておいて、「食べていいよ、おれが買ったから」というのが関の山だろう。
 
毎回こうやって、別の形でお礼をしてくれる。チョコが嬉しいわけではなくて、スタッフとのコミュニケーションを大事にしれくれる。チョコはもちろん食べるのだけれど。
 
 
 
 
しかし、ここでひとつ疑問が残る。
 
店長が買ったあの大量のメロンパンは一体どうしたのか。店長は一人暮らしだから、全部食べるのは不可能だ。
 
三井は率直に訊いてみた。
 
「ああ、ホームレスの人にあげてまわった。廃棄じゃないよ、買ったやつだから、ってちゃんと釘さして」
 
 
 
 
なんというか、ホームレスの人にモノをあげるのがいいとか悪いとかじゃなくて、店長の行動が、いつも想像の斜め上を行くあたりが、三井は好きだった。
 
 
 
 
「どうかした?」
 
あるとき、三井が窓の外を眺めていると、店長が話しかけていた。
 
あ、いえ、と曖昧な返事をする。その時三井は、小説に関して砂吹に言われたことを思い出していた。いけ好かない奴だが、もっともなことを言われたような気もした。
 
すると店長は、思いもよらない話をしてきた。
 
「知ってるよ、誘われてるんだろ、あの好青年に」
 
「好青年? 誰のことですか」
 
「砂吹くんと、名乗っていたよ。君をロンドンに連れて行くから、ここをやめさせると。まるで、宣戦布告のようだった」
 
訂正と質問が多過ぎて、軽く目眩がする。

 

「何て、言われたんですか」

 

「聞けば、イギリスで小説が書けるできるチャンスだそうじゃないか。私も急な話に驚いたが、その時は昼のピークが終わったタイミングでちょうど暇でね。私が思う不安な要素を色々訊いたが、家を用意してくれる上に、航空券も出してくれるそうじゃないか。生活費は君が払うことになるが、君も普段慎ましい生活をしているし、貯金くらいあるだろう」

 

「そりゃあ、少しくらいありますけど。小説が書けるといったって、向こうの作家とコネクションがあるわけじゃないと思いますし……」

 

「去年の作品はヨーロッパが舞台だったろ。一度その目で確かめてくるのも悪くない。よくやってくれてる君にやめられるのは惜しいが、もし君が本当に行きたいならば、止めはしない」

 

「ちょっと待ってくださいよ」

 

「なに、もし気に入らなかったら帰ってくるだけの話だ、その時はいつでも復帰してくれて構わない。私は、君の小説の、一ファンだから」

 

あの男はいったい何なんだ。外堀から埋めてくるとは、やり方が汚い。そもそも、どうしてあいつは見ず知らずの自分に、そんなに構うのだ。

 

店長はメモを差し出しながら言った。「人を見る目は有る方だと思う。この店をオープンする前にも、コンビニを転々として、色々な場所の、色々な人々を見てきた。彼は、悪い人ではないよ」

 

たぶんね、と笑って店長はメモを手渡した。砂吹諒、という名前と連絡先が書いてあった。

 

他ならぬ店長に言われたせいで、心が少し動き出した。

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

「なるほどね。私達も、応援するよ。サキが決めたことだしね」

 

「さっそく、そっちの名前で呼んでくれるんだ」

 

「あんただったらどこに行っても友達できるよ。知ってる? 笑顔が一番のコミュニケーション言語なんだって。少数民族と話す時に、英語なんて何の役にも立たないんだから。それよりも、ずっと笑顔でいて、出されたものを美味しそうに食べれば、どんな部族とも仲良くなれるんだって。テレビでやってた」

 

「そっか。私、食べもの好き嫌いないし、少数民族とも仲良くなれる気がしてきたよ。真面目に頑張ってみて、お金が尽きても芽が出なかったら、諦めて就職する」

 

「絶対大丈夫だよ。私たちも長期休暇取れたら遊びに行きたいね。そしたら、ロンドン案内してね」

 

「うん、分かった」

 

「ところでいつ出発?」

 

「明日だよ」

 

もう急なんだから、とは2人とも言わなかった。

 

 

 

 

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振り返ると、日が傾いて、黄色くなった古い街並が見えた。

 

これから、全然ちがう世界を見に行く。

 

ちょっと気を抜くと、すぐに不安が勝ってしまいそうになる。

 

でも、そういう時ほど、こうして良かったと、あとで必ず思えることを、三井は知っている。

 

 

 

 

次回、第3話。「1億持ってる男がエコノミー」 

 

 

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