蝉フィクション

宝くじ1億円当てた男、砂吹(偽名)。彼に誘われた見ず知らずの4人の共同生活 in London. リアルタイム小説&ガイドブックの折衷案。

第17話「面倒見の良い社長が持っているのは、金ではなく定期券」

 

故スポンサーのおれがこんな雑務を?
と宣ったのだが、三井がうるさいのでお
れも日記を書く事に。手元に1億あったと
ころで、おれはまだ何も手にしていない。

 

 

  

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宝くじが当たった無職、20歳、イギリス4ヶ月目

 

 

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 「おい木よ。

そんな姿になってまで立っているおまえの存在意義を400字以内で述べよ」

 

「こんなの、普通だよ」

周りをよく見ろ、とでも言うようだ。たしかにこの辺一帯の木は、海からの異常なまでの強風を受けて、みな同じ方角に向かって、体を痛ましげにもたれている。

 

「それは、普通じゃない。少なくともおれが見てきた多くの木たちは、空に向かっていた」

 

「普通さ。君の国では、上司が帰らないと、たとえ仕事がなくても帰れないんだろ。それと同じさ」

 

 

 

 

外国人から見たら、それは異常なのか。ならば、普通だ。仕方ない。

途端にその木が、右向け右の、やつれたサラリーマンに見えてくるから、おれは不憫に思った。

ブライトン、セブンシスターズの木だ。写真を撮ったのは広末くん。

 

 

 

 

何故スポンサーがこんな雑務をしなければならないのかと抗議したのだが、三井がうるさいのでおれも日記を書くことになった。

 

宝くじが当たった。額は1億円。

 

これを聞いてどう思うだろうか。

 

感想は、いたって普通だ。

 

 

 

 

どんなに欲しいものも、手に入れたらそれが現実だ。

 

サンタの正体が知りたくて仕方なかったように、手に入れたらなくす夢もある。

 

手に入れても好きなものが、本当に好きなものだと聞いた事もある。

 

手に入れたら、飽きることなくそれを愛し、守り続けなくてはいけない。

 

 

 

 

じゃあおれが欲しいものとは、いったい何だったんだ。

 

1億あれば、たいがいの物は買えるし、金を増やすための資金としても十分だ。

 

だが、偶然手に入れた金で作った会社が、うまくいっても、潰れても、さほど面白くない。

 

将来、情熱大陸の取材を受けた時、「ずいぶんお若い時に起業されたようですが、始めたきっかけは何だったんですか」の答えが、「宝くじが当たったんで、なんとなく」では、イマイチだ。イマイチ過ぎる。

 

 

 

 

おれは若い。

 

若いが故に、尖っている自分のことを、よく分かっている。

 

自分でよく分かっていると言い張るところに、若いと指をさされることも少なくない。

 

だが誰が何と言おうと、おれはこの1億が気に食わない。どうにかして、早く使い切らなくては。

 

 

 

 

寄付したら、そりゃあ人のためになるだろう。

 

だが、そんなの、使ったと言えるだろうか。

 

かといって浪費はしたくない。

 

そこで思いついたのが、見ず知らずの奴を連れて海外に行く、というものだった。

 

 

 

 

友達には知られたくなかった。

 

そんなことで壊れる友情ではないと信じたいが、金は人を見る目を変える。

 

おれは、初めて会ってピンと来た奴を適当に誘うことにした。

 

場所はどこでもよかったが、アメリカは行ったことがあった。それ以外となると、ヨーロッパ。イギリスなんて、無難だろうか。ロンドンに決めた理由はそれだけだった。

 

 

 

 

三井は宝くじ当選を疑っているようだが、別に疑っていようがいまいがどうでもいい。

 

あいつは小説家という夢のために来ているし、努力もしている。

 

カメラマン広末くん、おれは奴をサイコパスだと思っている。

ミステリアスで、メンバーとしてなんか面白そうだったから入れた。

 

部屋はあと一つある。もう一人は、そうだな、運転免許がある奴がいい。ロンドンの交通費は高い。

 

 

 

 

日々行動だ、と三井には口うるさく言ってきたわけだが、おれもロンドンに来て、ずっとぼんやりしていたわけじゃない。

 

まずはネットワークを作るために、いろいろな場所に顔を出した。老若男女様々な人と話もしたし、やりたいことの情報収集もした。

 

おれは英語が話せない。

三井のような、バカ正直な好奇心も、さほどない。

 

だからそれは、おれにとって最初のハードルだった。

 

 

 

 

ある日の夜、家にいると三井から電話がかかってきた。

 

「砂吹、ごめん。お財布、落としちゃったみたい。帰れなくなっちゃった」

 

「何やってんだよ、今何時だと思ってんだよ」

 

「11時、48分」

 

 

 

 

別に時間を訊いているわけじゃなかった。でも、あいつのことだから、ずいぶん長い間探していたのだろう。まだ電車もある時間だったが、おれはUBERを呼んだ。格安タクシーのことだ。

 

「今行くから、安全なところにいろ」 

 

UBERが家の前に到着し、おっさんに行き先を伝える。

 

片道£16-22ぐらいと目安が出てきた。

 

 

 

 

おれは自他ともに認める倹約家だ。決してケチではない。だがこういう出費は厭わない。

 

1億あるから?

 

たしかにそうかもしれない。

 

バイトの日々で、家賃を払うのもギリギリの生活をしていたら、電車で迎えに行くだろう。

 

 

 

 

一人じゃ絶対に使わないUBER

 

夜の街が窓に流れるのを見ながら、ふと考える。

 

ロンドンの交通費は高い(2回目)

 

故に、腰が重くなる時がある。急なメシの誘い。行きたいけれど、ごはん£15、その後パブで1杯でやめても£5、往復の電車で£6.1、これだけで3,700円。交通費だけで900円近い。

 

 

 

 

会社の社長や経営者たちが時に羨ましくなる時があるのは、彼らが金持ちだからじゃない。

 

では、彼らは何を持っているのか。

 

面倒見が異常によくて、一人一人をないがしろにしない優しさ、その頼もしさは、人柄もさることながら、彼らはいつ、どこにでも行ける定期券のような物を持っているような気がする。

 

 

 

 

夜、誰かが泣いていれば、飛んで行って話を聞いてあげることができる。

 

腹を空かせた芸人の卵に飯を食わせる代わりに、彼らの面白い話を聞いて、自らの糧にすることができる。

 

本当に急いでいる時には、どんな手段でも使える。

 

人を大事にするには、多少の金がいる。部下だけの話じゃない。結婚しても、愛だけじゃ生きて行けない世の中だ。

  

 

 

 

駅に到着した。帰り道も頼むからここで待っていてくれとドライバーに伝えて、三井を探しに行く。

 

改札で、見慣れたボブスタイルをすぐに見つけた。携帯もいじらずに肩を落として佇む姿は、いつもより更に小柄に見えた。

 

おれに気が付いた時のその困ったような笑顔には、疲れの色がありありと見てとれた。

 

いつも阿呆みたいに笑っているから、そんな表情を見たことがなかったし、普段生意気な口ばかりきくくせに、この時ばかりありがとうなんて言うもんだから、おれは文句のひとつも言えずに、行くぞ、と言った。

 

 

 

 

財布の中は、現金とトップアップ式のオイスターカード、それとクレジットカードだった。帰り道の車の中で、クレジットカードは止めさせた。まだ使われてはいなかったようだ。

 

失くした経緯などを訊くべきだったのかもしれないが、なんだかどうでもよくなっていた。

 

 

 

 

おれは窓の外を眺めながら、まったく関係のないことを訊ねた。

 

「なあ、なんで海外にいると、昔のことを無駄に思い出すんだろうな」

 

車内は暗いので表情分からないが、三井は答える。

 

「昔のことって?」

 

「たとえばこの大通りの、白熱電灯みたいなオレンジの街灯を見てると、小学生の頃を思い出す。夜、親父の車に乗って、後部座席から、等間隔にならんだ街灯をずっと見てた。長い間見つめてるんだけど、それはずっとずっと終わらなくて、道の先を見ようとしても、街灯の光同士が重なって線に見えて、際限がないように思える。同じ速さで流れるそのオレンジの灯を見ていると、時の流れを視認しているような、不思議な感覚になった。どこかで必ず終わるのだろうから、今日こそはその終わりをと見届けてやろうと思うんだけど、いつも眠っちまう」

 

 

 

 

「それはちょっと分かんないけど、まあ昔のことは思い出すかも」

 

「少しは同調しろ」

 

たぶんだけど、と言って三井は続けた。

 

「日本にいる時とは、時間の流れがちがうんだと思う。私、よく思うの。日本にいた頃、カナダに2年行くっていう友達がいたのね。へえそんなに会えなくなるんだ、寂しくなるなあと思っていたのに、その子があっという間に帰ってきたの。ちゃんと2年間、行っていたはずなのに」

 

 

 

 

「ほお」

 

分かる気がする、と思った。

 

「きっと、私はいつものルーティンを2年続けてただけだから、それこそ飛ぶように時間が過ぎ去ったのかもしれないけど。その子はきっと濃密な2年を過ごして、色々な経験をしてきたんだと思う。今の私達みたいに、時々昔のことを思い出しながら。きっと、日本にいる時には忘れているけど、過去を思い出すきっかけみたいのが、外国にはあるのかもね」

 

そう言って、人差し指で何かをそっと押すような素振りをした。思い出スイッチみたいなものが、そこにあるような。

 

 

 

 

おれは、思った。

 

せっかく海外にいるのに、思い出に浸っていて、どうすんだ。

 

どちらかと言えば今は、人生の中で思い出を作らなきゃいけない時間なんだ。

 

思い出すことなんて、くそ暇な老後にいくらでもできる。

 

 

 

 

「三井、旅行に行くぞ。広末くんと3人で。明後日出発だ。財布を失くした罰だ。計画を立てろ」

 

急に何言ってんの?

明後日って、いくらなんでも急過ぎ!

 

などと文句を言ってくると思ったが、「わかった」と三井は言った。

 

そして寝言のように「どこに行こうかね」と言いながら、そのまま眠ってしまった。

 

 

 

 

自分の着ていたカーディガンをかけてやった。

だが、こんなのは柄じゃないから、家に到着する寸前で回収しなければ。

 

そして、窓に目を戻した。

 

 

 

 

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