蝉フィクション

宝くじ1億円当てた男、砂吹(偽名)。彼に誘われた見ず知らずの4人の共同生活 in London. リアルタイム小説&ガイドブックの折衷案。

第12話「回収されるか分からぬ伏線を人生の中にそっと張る」

 

剤をくれと頼んだ大男は海辺でシャ
ボン玉を作っていた。少女の虹色の部屋
の謎がとけて話しかけようとしたその時
カメラを構えている青年。待望の3人目。

 

 

 

 

olm-h.hateblo.jp

 

 

 

 

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砂吹の指さす方向を見る。

 

シャボン玉を作るおじさんの近くで、カメラを構えてしゃがみこんでいたのは、茶髪の青年だった。

 

顔が大きなカメラで隠れているので年齢は分からない。

 

七分丈のシャツと半ズボン、白いスニーカーを履いている。突然雨の降るこの国で白のスニーカーとは、勇気のある人だ。

 

 

 

 

「何も知らないふりして、話しかけてこい」

 

「なんでよ」

 

「見ず知らずの日本人に対して、どういう態度をとるのかは見物だろ」

 

「あんたはなんでそんなに性格悪いわけ。人を試すようなことはいや」

 

 

 

 

砂吹は腕を組んでこちらに屈む(かがむ)ような体勢をとる。

 

「何を言ってる、ものは言いようだ。人間はいつも試されてきた。定期テスト、受験、会社の採用試験、果ては合コン、人はいつもお互いに試し合ってきたじゃないか。第一印象が良かったらお前も安心するだろう。これから一緒に暮らす相手だ。あらかじめ知っておきたいだろう。身内にだけ優しいのか、万人に優しい人間なのか」

 

「砂吹の第一印象は最悪だったからね」

 

「それでも今、異国の地に共にいる。スポンサーはおれ、これは命令だ。行きたまえ」

 

 

 

 

こいつの場合、第二印象も第三印象も最悪だ。

 

そう思いながら、ゆっくりと近付く。

 

何と声をかければいいんだ。

 

待てよ、砂吹のことだから、もうすでにどういう人間かは分かっているのではないか。それを知ってて、あえて私に最初に接触させて、反応を楽しむつもりなんじゃ。

 

 

 

 

だとすれば、どういう人だ。たとえば……

 

 

「あの、素敵なシャボン玉ですよね」

「あ、ごめん、話しかけないでくれる。今いいとこなんだ」

「あ…すみません」

「何か用?」

「あ、いえ、何してるのかな、と思いまして」

「見て分からない? 写真撮ってる」

「大きいカメラですね、難しそう」

「シャッター押せば撮れるよ」

 

 

 

 

やりづらい。やりづら過ぎる。そんな人と暮らせない。

 

しかし後ろ姿は爽やかだ。今はしゃがんでいるが、手足が長いので、背も高そうだ。

 

でも外見だけなら砂吹もいいのだ。それでいてあの性格だ。

 

性格の悪いイケメンに囲まれた生活なんて、少女漫画じゃあるまいし、壁ドンされる趣味もない。壁ドンって、すでに死語なんじゃないだろうか。死語という言葉がすでに死語なんじゃないだろうか。

 

 

 

 

彼に辿り着くまでのたった10歩ほどでシミュレーションした結果は決して芳しくなかったが、もう仕方ない。

 

シャッターを覗いている人に話しかけるのは、勇気がいるもんだ。

 

そもそも、これは性格の良い悪いではなく、一所懸命写真を撮ってる人にいきなり話しかける私の方が失礼なのではないだろうか。

 

 

 

 

カシャ、カシャという音が子気味良く響いている。

 

勝手な想像だったが、こういう高そうなカメラを持っている人は、連写で大量に撮っているイメージだった。

 

この人は、カシャ……カシャ……と、一枚一枚風景を丁寧に切り取っているような印象だった。

 

 

 

私は彼の隣に立った。

本来なら視界に入っているが、ファインダーを覗いている人が見えるはずがない。

完全に死角のはずだった。

声をかけようと思って息を吸った時だ。

 

 

 

 

「あ、こんにちは。日本人ですか?」

 

カメラをそっとおろして、彼が下から覗き込む形になる。

 

「え、あ、そうです。シャボン玉、すごいですよね」

 

「素敵だよね。なんで割れないんだろうね」

 

 

 

 

柔らかい物腰。明るい茶色いの髪がゆれる。大きな瞳は、日本人じゃないみたいだ。

 

「ごめんなさい、邪魔して」

 

「邪魔なんて、とんでもない」

 

「カメラ、お好きなんですか」

 

好きだから撮ってるに決まっている。しかし、そんな不躾な返答は絶対返ってこない。そう確信させる、完璧に近い第一印象だ。

 

 

 

 

「カメラは好きじゃないけど、仕事だったんです」

 

「え」

 

当てが外れ、困惑する。

 

「好きじゃないのに、カメラマンなんですか」

 

 

 

 

「うん、君が思い浮かべるカメラマンとは随分ちがうと思うけどね。広告やファッションモデルを撮ったりするカメラマンじゃないんです。もちろん全然アーティスティックでもない。風景でもない」

 

私は、カメラマンとは他に何を撮るのだろう、と考えた。

 

「小さな会社の社カメでした」

 

「社カメ?」

 

「簡単に言うと、サラリーマンカメラマンです。会社から言われた仕事をやる。主に、食べ物とか撮ってました」

 

食べ物ですか、と私は言いながら考えた。初めに浮かんだのは、雑誌や情報誌の写真。今話題のパンケーキ。

 

「地味な仕事です。例えばだけど、君がファミリーレストランに行った時に目にするメニューも、誰かが撮っているんです。普通に美味しそうには見えるんだけど、普通ですよね。内容把握って感じ。材料に何が入っていて、どんな味がしそうかが分かれば、オッケー。広告だと、電車の中吊りでそれを見て、わあ食べたいと思わせて、その人をお店まで運ばなきゃいけない。それだけのものを撮らなきゃいけないけど、僕らはそもそもすでにお店に来ている人に提供する資料だから。明るく正しく写っていればいい。字のメニューの補助、みたいな」

 

何か後ろ向きなことばかり言ってすみません、と言って笑うその顔には、ちっともネガティブな印象はなかった。

 

 

 

 

「何か他のものを撮りたいな、と思っていたところに、素敵なご縁があって、ここに来ることになったんです」

 

素敵なご縁って、まさか砂吹のことじゃないだろうな。

 

「君は? 学生さんですか?」

 

「いえ、あの、黙っててすみません。私実は、あなたのハウスメイトになる者です。砂吹も、あそこに」

 

「え、砂吹さんが?」

 

 

 

 

砂吹さん、という響きに違和感を覚えつつも、後ろを振り返る。

 

「やあ広末(ひろすえ)くん。元気かい」

 

「ああ、こんちには。まさか、約束の時間の前に、こんなところでお会いできるとは」

 

「こっちのちっこい子どもはハウスメイトとして一緒に住むことになる三井だ」

 

 

 

 

誰が子どもだ、と睨もうとするが、その前に広末さんはこちらに礼儀正しく向き直った。

 

「広末雪成(ゆきなり)です。お世話になります」

 

「さて、ここじゃなんだから、どこか行こうか」

 

「あ、ちょっと待って」

 

私はどうしてもあのシャボン玉のおじさんと話がしたかった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

シャボン玉のおじさんは、丁度ひと休みをしているところだった。

 

「こんにちは」

 

「ああ、よかった。会えないかと思ったよ、時間になっても見つけられなかったから」

 

おじさんは投げ銭用の缶の中から、しわしわの£10を私に差し出した。

私はどうも、と言って受け取る。

 

 

 

 

「すごかったです、洗剤をこんな風に使うなんて」

 

「君のおかげで、今日ここでパフォーマンスすることができた」

 

「どうして割れないの?」

どこかに仕掛けがあるはずだと、 シャボン玉を生み出す魔法の杖みたいなものを凝視した。

 

「洗剤だけじゃないんだ。グリセリンや、洗濯のりも入っている。これを入れると、丈夫なシャボン玉が作れるんだ」

 

ああ、だからあの時、と私は納得した。

 

 

 

 

「今日じゃなきゃダメだったんだ。でも、会えなかった」

 

「それってまさか」

 

「娘の、誕生日なんだ。妻の、実家が隣の駅にあってね。ロンドンに住んでいるが、誕生日だけはこっちに来て、じいさんばあさんと一緒に過ごすらしい」

 

正確には元妻だがね、と言った。

 

 

 

 

「会える気がしていたんだ。こんなに天気がいいから、ブライトンまで来るかもしれないと思ってね。そこで久しぶりに洗剤を買おうとしたら、財布がなかった。だから、焦ってしまったんだ」

 

 隣の駅、と聞いてやっぱりそうだと思う。

あの子のパパだ。

 

「あんな風に突然お願いしたにも関わらず、金を貸してくれて、感謝している」

 

私は笑顔でどういたしまして、と言った。

 

 

 

 

そして、私たちが娘さんと会ったことを説明しようか迷った。

 

しかし、女の子の名前も聞いていない。突然、あなたの娘さんと同じ電車でした、なんて言って、会いたがっていましたよ、と言ったところで、どう思うのだろうか。このおじさんだって、娘と会いたくて仕方ないから、こんな風に待っているわけだ。

 

色々と考えたあげく、私は何も言わなかった。

 

その代わりに、バッグの文庫本に挟んでいた折り鶴を取り出した。あの少女が折ってくれた鶴だ。

 

 

 

 

回収されるか分からない伏線を張ろう。

 

いつか再会できた時、おじさんの鶴を見た少女が

 

「それ、どこで?」と訊ねる場面を想像しながら、私は折り鶴と、£10を渡した。

 

 

 

 

「これ、次に娘さんに会えたら、見せてあげて。こっちは次の洗剤代」

 

「いいのかい。ありがとう。本当にありがとう」

 

私は別れを告げて、砂吹と広末さんと共に、暮れかけの海沿いの道を歩き始めた。

 

 

 

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