蝉フィクション

宝くじ1億円当てた男、砂吹(偽名)。彼に誘われた見ず知らずの4人の共同生活 in London. リアルタイム小説&ガイドブックの折衷案。

第10話「ブライトン旅程で少女と出会う。一瞬で消える虹色の部屋」

 

3人目の仲間に会いに行くからチケット
を取れ。そういって砂吹が指定した場所
はブライトンという南の町だった。最近
は英国らしからぬ晴れ間が続いている。

 

 

 

 

ロンドンから電車で1時間ほど行くその場所は、イギリスの最南端。ちょっとしたリゾート地で有名のようだ。

 

海岸沿いのpubで飲んだりできるらしい。それはたしかに気持ちが良さそうだ。

 

 

 

 

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砂吹はもったいぶって、3人目の情報を何も教えてくれない。

 

どうやら彼、もしくは彼女は、今ブライトンの語学学校に通っていて、もうすぐ卒業するらしい。

 

来月からロンドンで一緒に生活することになる。

 

今回は顔合わせと、砂吹がその人にもあらかじめ日記を渡しているので、それを回収するのが目的のようだ。

 

私の夢は作家で、メンバーの日記を見ながら、実際にここイギリスで起きたことを三人称単視点でブログに書くのが今の仕事だ。

 

 

 

 

「ただでさえネタがないようだから、話題を提供してやるんだよ」

 

相変わらず恩着せがましい言い方だ。

 

先週pubで飲んだ際、ビール2杯でつぶれて仕方なく連れて帰ったばかりだというのに、もうその恩を忘れている。

 

そもそも、そんな記憶は初めから残っていなかったのかもしれない。

 

 

 

 

ロンドンの中心地、London Victria stationからBrightonまでは、あらかじめチケットを取っておけば、たった10£で往復できる。しかし急に思い立って行こうと思うと、2〜5倍くらいかかってしまうこともある。

 

 

チケットを取るのに便利なアプリはこちら。

 

 

 

 

www.thetrainline.com

 

 

 

 

私たちはコーヒーを買って電車に乗った。新幹線とまではいかないが、イギリスのNational Railの車内は綺麗だ。

 

足元も狭くはないし、机も付いている。地下鉄のような圧迫感もないし、なにより外を走るから、天気がいいだけで気分があがる。

 

砂吹が寝不足だというので、窓際を譲る。

 

通路を挟んだ反対側の席には、10歳くらいの女の子と、その母親と思しき人が座っていた。

 

 

 

 

女の子の柔らかそうな髪は胸下まで伸びていて、目が合うとそっと微笑んでくれる。

 

外国人は、目が合うとみんな笑ってくれる。

 

つられてこちらも笑いながら、日本にはない習慣だなと考える。

 

日本人も、知らない人同士でこんな風に笑い合えたらいいのに。そう思う一方で、なぜだろう、想像してみてもちっともうまく行く気がしないのは。

 

 

 

 

私は、ウインクとかサングラスとかと同じで、ただ似合わないだけなんじゃないかな、と勝手に思っている。

 

誰に悪気があるわけでもなくて。

 

ただ、身の丈に合わないことはしない。それが私の信条だ。

 

でも、郷に入ってはというのも私の信条だから、ここでは目が合えばニコッとするし、眩しければサングラスもかけるかもしれない。

 

私も、砂吹に負けず劣らず自分勝手な人間だ。

 

 

 

 

次の瞬間、女の子は微笑むだけにとどまらず、話しかけてくれた。

 

「ねえ、クイズね。虹色のきれいな部屋に、今あなたはいます。でも、わあ素敵って喜んだ瞬間、それは消えてしまうの。なんでだと思う?」 

 

あまりに突拍子のない問題に私は戸惑う。なぞなぞか、もしくは心理テストのようなものだろうか。

 

なるべく平静を装って答える。

 

 

 

 

「うーん、なんでだろう。日本の花火も綺麗だけど、すぐ消えてしまうよ。それとおんなじ、とか?」

 

「イギリスの花火もそうよ」

 

そんなつもりはなかったが、花火が日本古来の物のような言い方になってしまったんじゃないか、と考える。日本の花火技術は確かに高いが、発祥はたしかヨーロッパだ。

 

彼女の表情が曇ったので、思わずそんな風に邪推してしまう。

 

 

 

 

女の子はふと思いついたように小さなバッグを漁り、紙とペンをこちらに寄越した。

 

「ねえ、私は漢字に興味があるの。花火って、どうやって書くの?」

 

へえと思い、私は紙に

 

花  flowers

火  fire

花火 fire works

 

と書いてあげた。

 

女の子の顔はパッと明るくなり、「たしかに、お花みたい!」と言った。

 

 

 

 

私はそれから、

 

桜  cheree blossoms

 

紅葉 autumn colours 

 

と書いた。

 

「花火や桜、紅葉もそう。美しいものは、短い命だといわれているんだよ」

 

 

 

 

それから私は

 

儚い

 

と書いた。

日本独特の美しい表現だと思って書いたのだが、ぴったり来る英語が何なのか、分からなかった。

 

携帯で調べて、結局、

 

儚い fleetind, short lived

 

と書いてみた。時間が短い、移ろいゆく、といった説明をした。

 

 

 

 

少し調子に乗り過ぎてしまったかもしれない。

 

人の夢、と書いてこんな意味を持つ漢字を、果たしてこの子に教える必要があっただろうか。

 

それでも彼女は満足そうにしていた。

 

 

 

 

「それで? なぞなぞの答えは?」

 

「答え? ああ、実は私も知らないの」

 

女の子はきょとんとした顔で答えた。

 

「これ、昔パパと遊んだ時の思い出なの。でも、あんまり覚えてないの」

 

 

 

 

そこではじめて、母親と目が合った。

 

同じようにこちらを見て微笑んでから、「その辺にしておきなさい、お姉ちゃん、デートなんだから」と言った。

 

私は間髪入れずに「彼は弟です」とそれはもう快活に答えた。

 

隣で砂吹が「誰が弟やねん」と気持ち悪い関西弁でつぶやく。

 

 

 

 

母親の無言の圧力のようなものを感じ取ったのか、女の子は静かになってしまった。

 

その後少しして、私の方にそっと体を寄せて内緒話をねだるような格好をしたので、私も耳を澄ませる形になる。

 

「大切な、思い出なの。今は会えないし、どこにいるのかも分からないの」

 

 

 

 

女の子は体をシートに戻してからひとり、哀愁にも似た、年齢と不釣り合いな表情を浮かべた。

 

つらいことがたくさんあったのかもしれない。

 

母親がたしなめた事実とも、辻褄が合う。 

 

幼い時の微かな思い出をたよりに、お父さんを探しているのかな。

 

 

 

 

「きっと会えるよ。会えるといいね」

 

無責任だと分かっていながら、彼女の耳元でそう呟いた。

 

私の声はきっと母親にも届いていたが、彼女は眉ひとつ動かさなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ブライトンに到着するアナウンスが流れた。

 

私は砂吹を起こす。

 

彼女たちは、もうひとつ先の駅に住んでいるらしい。

 

 

 

 

あれから、車内で時間を持て余した私たちは、紙を正方形に切って、一緒に折り鶴をつくった。

 

はじめて織ったその鶴を、電車を降りる際に手渡してくれた。

 

私は、大事にするね、と言って女の子に別れを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おまえは、本当に余計なお世話がすきだな」

 

電車を降りるなり砂吹は言った。寝た振りして、だいたいの話を聞いていたのだろう。悪趣味な奴だ。

 

「砂吹がヘムにしたことだって、同じようなお節介じゃない」

 

「お節介ついでに教えてやろう。蝉フィクションという題名にしたのも、今日の話と関連があった」

 

「どういうこと」

 

砂吹はわざとらしく咳払いをする。

 

「蝉の一生も、儚い。人間はそう思っているが、人間の一生もまた、短くて一瞬だ。テレビドラマのフィクションのように。自分が死んでも、事実とは一切関係ありませんといって、何事もなかったかのように本当の世界は続いていく」

 

 

 

 

へえ、そんな意味があったのか。

 

変なタイトルだと思っていたが、今日の女の子との出会いのせいだろう、いいじゃないかと思ってしまう。

 

「そういうことに、今決めた!!」

 

「今決めたんかい」

 

 

 

 

そう言った後で、気持ち悪い関西弁が移っていることに気が付いて、自己嫌悪に襲われる。

 

もう二度と使うまいと、私は背筋を正した。

 

ブライトンに到着。

 

空は、ロンドンより青く感じる。

 

 

 

  

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