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蝉フィクション

宝くじ1億円当てた男、砂吹(偽名)。彼に誘われた見ず知らずの4人の共同生活 in London. リアルタイム小説&ガイドブックの折衷案。

My's short short #1「リアリストなガール」

 

 

「いいかい、旅行は2回目がおもしろいんだ」

「失礼ね。それじゃあまるで、今回は楽しくないみたい」

 

 

 

 

僕らは長い坂を上っていた。

雨の多いこの国では、旅行はいつもギャンブルだった。

今日も、空には厚い雲が覆っていて、いつ降り出してもおかしくなかった。

 

 

 

 

街全体を見渡せる場所はないかな、と彼女は言った。

人々に訊いてまわったけれど、そんな場所は知らない、と言われるか

とにかく高いところに行けば? という、具体性にかける助言しかもらえなかった。

 

 

 

 

あるかもしれないし、ないかもしれない。

僕は彼女にしっかりと断りを入れた上で、この途方もなく長い坂をのぼり始めた。

 

 

 

 

ある。

あるかもしれない。

ないかもしれない。

ない。

 

 

 

 

彼女が何か呟いたので

今なんて? と訊き返した。

疲れと時間の比例と共に陥るであろう感情、と感情のない声でいった。

彼女は若くして管理職として成功しているせいか、ロジカルで、リアリストだった。

 

 

 

 

あるかもしれない。

ないかもしれない。

やっぱりなかった。

でも楽しかった。

 

 

 

 

それでもいいじゃないか、と言おうと思ったところで、

彼女は、希望的観測ね、と言った。

 

 

 

 

僕は文系で彼女は理系。

彼女は現実主義で僕は夢見がち。

 

 

 

 

やっぱり、思うのよ。

大人になってしまった私たちにとって、プロセスはあまり重要じゃないの。

子どもの頃なら、頑張れば誰でも褒めてもらえた。

でも、今の私たちは、結果や数字を残せなければ、認めてはもらえない。

 

世の中お金がすべてだとは思わない。でも、やっぱり数字は大事。数字って、客観的に自分を見つめるのに本当に便利。

 

 

 

 

例えば、この先に良い景色が見つからなかったとして、僕のポイントはどのくらい下がってしまうのだろう。

そんなことを、他人ごとのように考えてみる。

 

 

 

 

じゃあそんな君に問題です。

ここに、年収300万円の人と、600万円の人がいます。

顔と性格は君好みで、優しくて料理もできます。

 

違いは年収と忙しさです。

300万円の男性は、土日がお休みで、600万円の男性は土日も仕事です。

どちらと結婚したいですか?

 

 

 

 

あなたの言いたいことはだいたい分かるわ。

子どもが生まれた時に、一緒に遊んであげられるのは、

たしかに休みが多い人かもしれない。

 

でも、私は子どもが2人欲しいわ。

すると、年収が300万円だと私も働かなくてはならない。

 

 子どもは小さな時はさほどお金はかからないけれど、

中学、高校になった時にどかっと教育費がかかってくる。

今の教育体制では塾に行かせなければ進学は難しいし、大学にも行かせたい。

 

共働きになったら、

結局は、子どもが家に一人になってしまう時間ができるかもしれない。

ならば、子どもに不自由させないようにするための蓄えがあった方がいいわ。

 

それに、私は思わないけれど、世の中の女性は、旦那になるべく家にいてほしくないと思ってるみたいよ。

 

 

 

 

よし、話を変えよう。夜ご飯なに食べたい?

いつものあのレストランなんてどう。

 

 

 

 

あなたが始めた話でしょうよ。

どうして男の人は気に入った一つのものを食べ続けるのかしら。

女は、一度食べれば十分。一度旅行に行ったら、別に再度同じ場所に行かなくてもいいのよ。それよりもっと、他の所に行きたいわ。 

 

 

 

 

そんな彼女の言葉を無視して、

僕はウィンブルドンでテニスのゲームを見守る観客のように、常に首を左右に振りながら、いわゆる絶景スポットを必死に探し続けた。

歩きも自然と早くなり、人とすれ違えばその度に訊ねた。

彼女は後ろから、とぼとぼと付いてくる。

 

 

 

 

彼女が追いついてきて、隣に並んだ。

ないかもしれない、と僕は思っていた。

ごめん、と言いかけたところで、突然ひらけた空間が、僕らの目の前に飛び込んで来た。

霧がかり、重たい雲に覆われた街ではあったけど。

 

 

 

 

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ーーーーー

 

 

 

 

プロポーズの日、僕は緊張し過ぎておかしなことを口ばしった。

幸せにできるかもしれないし、できないかもしれない。

彼女は笑った。

僕らは結婚して、先月で40周年を迎えた。

 

 

 

 

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貯金がたくさんあるとはいえないけれど、

2人の息子に恵まれ、たまに旅行ができるくらいの生活を送れている。

彼女が幸せであるかどうかは、恐くて訊けない。

 

 

 

 

今日僕らは、同じ場所に来ていた。

あれからずいぶんと年をとったから、

あの時の坂は、以前よりも長く、急なもののように感じた。

僕はタクシーで行こうかと提案したが、彼女がそれを断った。

 

 

 

 

坂の途中、息を切らせながら、僕はずっと気になっていたことを、彼女に訊ねた。

 

 あの時きみは、景色を見ても、何も言わなかったよね。

どう思っていたんだい?

 

やっぱり、曇ってるな、と思っていたわ。

 

そうか。感動しているように見えたんだけど、やっぱり思い違いだったんだね。

 

感動していたわ。

もし、空が青かったら、どんな風に見えるんだろうって。

あなたのいう2回目を、初めて見てみたいと思ったの。

 

 

 

 

 今日は珍しく、青空が広がっている。